第8話 東雲氷菓は問い詰める

 ニコニコした氷菓は、窓から顔を出しこちらをじっと見ている。

 こんなニコニコした氷菓を見たのは随分と久しぶりだ……めっちゃ背筋凍るんですけど。


 俺と氷菓の家は隣同士だ。

 しかも、家と家の間はかなり近く、氷菓の部屋と俺の部屋は窓越しで繋がっているのだ。

 昔は良くこの窓からお互い顔を出して話したりしていた。


 もちろん、ここ数年はずっとこの窓からお互い顔を出すことはなかった。たまに俺が窓の方を見て目が合うことはあったが、そこから話が始まることはなかった。


 ――のはずなのに。何でこんな最悪のタイミングでこっち覗いてるんだよ……!!


「待て氷菓。べ、別に手を出したとかそう言うのじゃ――」

「へえ、この状況でよくそんなことが言い張れるわね」

「何々、誰?」


 陽は呑気に氷菓と俺の顔を見比べてキョトンとした表情を浮かべている。


「ばかっ、一旦離れろ!」


 俺は慌てて陽の下から這い出ると、すっと立ちあがる。


「誰って……今日教室で会ったでしょ?」

「うーん……?」


 陽は本当に忘れたようで、眉を八の字にして首をかしげる。


 こいつまじか……いやまあいきなり俺のクラスに居た奴の顔覚えるって方が無茶な話だが……。

 正直美少女だったら嫌でも頭に残りそうだが……そこはあれか、こいつも毎日鏡で美少女見てるからそんな感覚ねえのか。


 予想外の反応に、氷菓は目を見開く。


「わ、忘れた訳!? あんたに伊織のこと教えてあげたでしょ!?」

「ご、ごめん! 私人の顔覚えるの苦手で……あはは」


 陽はヘラっとした表情で後頭部に手をやる。

 マイペースかこいつ……本当呑気だな昔から。


「ああもう、そこに居なさい! 今行くから!」

「今から来るのね、はいは……――――はあ!?」


 氷菓は窓から離れると自分の部屋へと戻って行く。

 俺は慌てて窓に駆け寄る。


「おいおいおい! 今から来るのか!?」


 しかし、もう氷菓はそこには居なかった。


「まじかよ……」


◇ ◇ ◇


 この部屋に、実に三年ぶりに東雲氷菓が足を踏み入れた。


 何やら興奮気味に階段を上がり、俺の部屋に入ると興味深げに周囲を見回す。


「…………結構変わったわね」

「そりゃ変わるだろ……お前が来なくなってから三年以上経ってるんだぞ」

「いちいちうるさいわね」


 そう言い、氷菓は腕を組み部屋の中央に仁王立ちする。


「そんなことより、何してたのよあんた達は」


 蔑むような目が俺に突き刺さる。

 確かに見られたら勘違いされるような状況だったが……そんな乗り込むまでのことか?

 開き直ったろ。


「な、何だっていいだろうが。つーかそっちこそ何勝手に窓開けてんだよ」

「女の子の声とドンって音がしたから、あんたが……な、なんかよからぬことをしようとしてるのかと……」


 頬を赤らめ、氷菓がジトっとした目で俺を睨む。


「よからぬってなんだよ!」

「よ、よからぬことよ! モテないボッチがやることなんて決まってるでしょ、言わせないでよ、犯罪者!」


 相変わらず口が悪い。

 久しぶりに俺の家に来た元幼馴染は、久しぶりの来訪というのに懐かしさに浸るということをしないようだ。


「窓を開けてみたら……やっぱり思った通り……!! 押し倒してたじゃない!」

「ご、誤解だ! 俺はそんなケダモノじゃねえ! 理性ある小市民だよ!」

「何が誤解よ! 私はこの目で見たのよ、この目でねえ!」


 興奮気味に氷菓は自分の目はビシっと指さす。


「いやまああの光景を見られたからにはぐうの音も出ないが…………そもそも押し倒したのは俺じゃないだろ。こいつが上になってただろうが!」

「ほえ?」

「じゃ、じゃあ引き倒した! 引き倒したのよ!」


 どうやらこいつの頭の中では俺は相当な性犯罪者らしい。

 瑠香も俺を犯罪者予備軍にするきらいがあるし、俺の周りの女はどうなってんだまったく……。


「どんだけ俺の信用がないんだ……。いいか、俺はボッチで大人しい男だぞ? そんな大それたこと出来る訳ないだろ。やろうとしたとしても心臓ばっくばくで逃げてるわ。俺のこと何だと思ってるんだ」

「ボッチで陰キャでしょ」

「……まあ何でもいいが……そんな男が女の子を押し倒せる訳ねえだろ。自慢じゃないが女の子と顔を合わせるだけでテンパる自信がある」

「じゃあなんでこの子は平気なのよ。――というかそもそもなんで家に居るの!? ……そうよ、何でこの子が……転校生でしょ!?」


 少し冷静になり頭に血が上って今まで見えていなかったことが見えてきたのか、急に事態を理解し、氷菓は頭を抑えて険しい表情を浮かべる(まあそもそも俺が押し倒されてる状況を見て家に突撃してくること自体が意味不明だが)。


 だがわかる、わかるぞその混乱は。なんせ俺もそこそこ混乱してる。


 ――しかし、今は氷菓より優位に立てるチャンスだ。

 俺にも仲の良い女の子がいると知ればこいつも多少は俺に対しての見方を改めるだろう。


「こちら、転校生の雨夜陽」


 俺は手のひらを上にし、丁寧に陽の方を指す。

 陽は自分のターンだと理解したのか、ビシっと敬礼をする。


「どうも、雨夜陽です!」

「…………」


 氷菓は苦手そうな顔で顔をしかめる。


 そう、氷菓は陽キャ集団に居はするが、根は地味っ子。陽みたいな底抜けにバカそ――ゴホン、明るそうな奴とは反りが合わないのだ。


 よく見てみればあのクラスの氷菓の周りだって、チャラい奴とかギャルとかはいるが、陽みたいな根っからの明るさを持つ奴はいない。


 つまりは氷菓にとっての天敵……! 俺の切り札!


「て、転校生よね……?」

「そだよー! よろしくね。ねえねえ、何で窓から顔出してたの!? 家隣なの!? どういう関係!?」


 陽の質問責めに、氷菓も若干引き気味だ。

 距離の詰め方がえぐいなあ、これが真の陽キャか。


「そ、そっちこそどういう関係よ! 昨日今日知り合ったからって、お、お、男の子の家に上がるとか信じられないわ!」

「昨日今日じゃないもん」

「はあ? 今学期から転校してきたんでしょ? あんたが伊織といるところなんて今まで一回も見たことないわよ」

「お前が見てないところで会ってるかもしれねえだろ」

「そんな訳ないわ! いつも見て――」


 と、そこで氷菓は言葉を切り、微妙な顔でキョロキョロと視線を泳がす。


「いつも?」

「い、いつも……ボッチでどこでも隠キャのあんたがこんな可愛い子と知り合いになる訳ないじゃない!」

「それはごもっとも、よくご存じで」


 今更氷菓に罵倒されようがもう俺には効かん。慣れてしまった……悲しい現実だ。


「あなた、一体伊織の何なのよ!」


 氷菓は一歩陽に近づき、ぐいっと見上げる。


 頭半分程大きな陽を、氷菓がギラギラした目で見上げている。氷菓の胸が陽のお腹に触れそうだ。なんかいけないものを見ている気がする……。


 陽はそんな氷菓とは裏腹に、飄々とした様子でヘラっと笑う。


「だから幼な――――」

「彼女だよ?」

「……………………」


 そうそう、陽は俺のかの――


「「はあああぁぁぁ!?!?」」


 俺と氷菓の声が嵌り、部屋中に反響する。

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