第6話 雨夜陽は押し掛ける
今日は実に忙しい一日だった。
話したこともないクラスの連中に陽のことを根掘り葉掘り聞かれ、俺は辟易していた。これだ、これだよ俺が1人が気楽だと言った理由は!! 特定の何かが出来てしまうと、それに釣られて厄介ごとは増える。
おかげで休み時間になる度に俺は教室から抜け出し、トイレや屋上前、中庭、体育館を転々とする羽目になった。帰りも一目散に教室を飛び出し、全速力でチャリを漕いだ。
俺の名前も知らない奴に話すことなどない。
そうして俺はいつもよりかなり早く帰宅し、シャツと短パンに着替え、やっと今のソファーで落ち着く。
「ふぅ……」
ソファーに前のめりに倒れ込み、うつ伏せで思い切り息を吐く。そうしてダラーっとしながら今日の出来事を振り返る。
転校生がまさかの幼馴染…………しかも超絶美少女ときた。
そんなうまい話があるか? 新手の詐欺と勘違いしてもおかしくない話だ。だが、紛れもない現実である。
だが一つ、俺はハッキリとさせなければならないことがある。
――そう。『雨夜陽、女の子だったのかよ』問題だ。
そんなマンガみたいな話があるか! と、他人事ならツッコミを入れ、鼻で笑い、何でわかんねえだよと悪態をつくところだ。
ここへ引っ越してくる前に俺は父さんの実家がある街で暮らしていた。
その当時、よく家に来ていたのが陽だ。父さんと陽の父さんが仲良しで、よく遊びに来ていたのだ。だから、俺達が仲良くなるのは当然な流れだった。兄弟同然に育ち、幼稚園の頃なんかは一緒にお風呂に入ったりもした(今考えればイカれてるな……)。
陽は運動神経抜群で、俺はいつもあいつと張り合っていた気がする。
男兄弟の居ない俺にはそれが楽しかった記憶がある。
女の子を男と間違えるか? いや、そこは信じて貰いたい。俺は完全にあいつを男だと思っていた。
いつも脚とか腕に絆創膏をしていたし、髪も短かった。恰好もいっつも男みたいな服装だったし、帽子もかぶっていた。親たちも陽が女の子だなんてわざわざ言わなかった。
俺が引っ越す二年生の段階では、陽の身体はまだ成長しておらず、パッと見は男と変わらなかった。
そして極めつけは、陽は俺とは小学校が違ったのだ。もし同じ学校なら、女子として扱われ気付かないなんてことはなかっただろう。いつも気付いたらそこに居て、一緒に遊んでいたから陽を女の子だと考えたこともなかったのだ。
それがまさか……あんな美少女に成長するなんて。
俺は生唾を飲み込む。
そして――――なんだあのスキンシップの激しさは!
俺たちをまだ子供だと思ってんのか!? もう高校生だぞ!?
抱きつかれた時の胸の感触、体の柔らかさ、髪の匂い……思い出すだけで気が狂いそうだ。世のカップルはあんなこと毎日やってるのか、猿共め! 本来ならありがとうございますと土下座したいくらいのラッキーイベントなのだが、氷菓の冷たい目線や、どういう関係!? というクラスの視線が、ボッチの俺には痛すぎる。
男だと思っていた陽が美少女として目の前に再び現れ、そして幼い頃男同士だった時の距離感で接してくる。役得とはまさにこのことだが、不思議と他の女子に接するときより自然体で話すことができるのは、やはり幼馴染ということだろうか……。
結局、逃げ回ったせいで陽とは深い話が出来なかった。もう少し話したかったんだけどな。
……いや、だがこれで良かったかもしれない。今更ボッチの俺に陽が関わるとか不自然極まりないし、このままフェードアウトした方がお互いのためだ。陽は新たな人間関係を築き、俺はまた平穏な日常を取り戻す。それが丸い。
「ただいまー!」
勢いよく玄関の扉を開け飛び込んできた瑠香が、驚愕した表情で俺の元へと駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん! やばいやばい!!」
「なんだよ。見てわからないか? お兄ちゃんは今世界平和について考えてるんですよ」
「冗談はいいから!! ちょっとお兄ちゃんやばいよ!? 一体何したの!?」
ドタドタと足踏みをして焦りを募らせる瑠香。
「……何したってなんの話だよ」
「外に女の人来てるんだって! お兄ちゃんいますか? って聞かれたんだよ!? 絶対お兄ちゃんがあんなことやこんなことして…………訴えに来たんだよ!! 示談だ示談!」
「する訳ねえだろ! 毎回俺を性犯罪者に仕立て上げるな! 女の人だあ? 俺に用がある奴なんている訳ねえだろ。氷菓か?」
「違うよ! 全然見た事ない美少女! めっちゃニコニコしてたけど…………」
「母さんとかの知り合いじゃねえのか?」
「だってお兄ちゃんを呼んでたんだよ!? 絶対何か――」
『ピンポーン』
「…………」
「…………」
俺たちは顔を見合わせる。
どうやら、瑠香の見た幻覚という線は消えたらしい。
「瑠香の言ってた人か?」
「そうじゃない? 私がドア開けようとしたら後ろから声かけられたし…………」
こわ、どうしよう。俺が無意識に犯罪を犯していたら……。
自分の無意識に自信が持てないのはなんとも情けない限りだ。
『ピンポーン、ピンポーン』
再度チャイムがなる。
何でこんなチャイムの音って怖いの。心臓に来るからやめてよね。どうせなら可愛らしいメロディーとかにしてくれよ。
「……開けて来いよ瑠香」
「なんで私!? お兄ちゃんを呼んでたんだよ!?」
「同じ人か分からないだろうが」
「駄目だこの兄……いいから行ってこい!」
「うおいおいおい!」
瑠香は強引に俺をソファーから引き摺り下ろし、俺はドサっと尻から床に落ちる。
いつの間にこんなたくましくなって……。
「いってえ……」
「ほら行ってきて! そして償ってきて!」
「犯罪者確定かよ……はあ」
俺は玄関へと重い脚を引き摺り向かう。
誰だマジで。氷菓じゃないだろ? 後この家知ってる奴……学校に居る訳ねえしなあ。
俺は恐る恐るドアノブに手を掛ける。
あーもう知らねえ。何かあったら土下座してやる!
「は、はい…………どちら様で――」
刹那、動く何かが飛び込んでくると、ガバッと俺に抱き着く。
余りの勢いに、俺はその場に仰向けに倒れこむ。
物音を聞きつけて慌てて駆け寄ってくる瑠香の足音がする。
「何事!? お兄ちゃん、大丈夫!?」
俺は床に倒れ、その上に馬乗りの様に一人の少女が。
「来ちゃったよーん!!」
うお、この声……この感触は……。
「よ、陽…………!?」
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