第96話 私、言われてないよ?

「とまぁ――正直に言ってみたけど、惚れちゃった?」


 イタズラっぽい笑みに変えて、シアが問いかけてくる。


「……耳が痛いよ」


 シアに笑いかけたが、上手く笑えたか自分でもわからない。


「ふふふ、でしょうね。それじゃ『正直者が好き』ってことにはならないなぁ」


 クスクスと笑われてしまった。

 シアの素直さは時に、こちらが慌てたり、苦い気持ちになることもある。

 でも、嫌かと言われればそんなことはない。


「でも、シアからは真心は感じるよ」

「真心?」

「嘘はついてないんだろうなぁっていう信頼」


 シアから目をそらし、空を見上げる。

 街灯の光が混ざっているから、星は頼りなく見える。

 まるで風前の灯といった風情だ。


「……思うんだ。シアみたいに、嘘をつかなかったら、俺と明宮はもっと違う形になってたのかなってさ」


 心の中にずっとあった気持ちを吐露していく。


「きっと、シアがうらやましかったんだと思う」

「うらやましい……か。二人とも、素直じゃなかったみたいだからね」

「そういうこと」

「でも、二人とも素直になったわけでしょ? そりゃ、離れていた時間を取り戻すことはできないけど、これから過ごすことはできるんじゃないかな」

「あ、ああ……」


 シアの言葉に戸惑ってしまう。

 別に間違ったことは言ってないのだが。


「私としては意外だったかな。すれ違いが解消できたんだから、明宮さんと付き合うことを選ぶかも……そう思ってたし」

「シア……」


 俺と明宮が『より』を戻すものだと考えているような言い方だ。

 シアは、『自分が俺の恋人』だと主張することが多いのに、逆に明宮に助け舟を出したり、俺にも明宮との関係の修復を促すようなことも言う。


 ……謎だ。


「シアはどうしてそんなことを言うんだ?」

「言ったじゃない。はっきりさせたほうが後悔しないから良いって」

「けどさっきから、まるで俺と明宮が付き合った方が良いと思ってるみたいな言い方だ」

「ヒツジくんにとってそれが良いならね」


 疑問をぶつければ、さも当然と言ったふうに返してくる。

 思わずシアを見ると、彼女はずっとこちらを見つめていた。


「そうじゃなくて、シアの本心を聞きたい。『俺が』とか『明宮が』とかじゃない、気持ちを」

「ずっと答えてるつもりだけど」

「俺と恋人でいたいって言ってるけど……」

「……それを信じられない?」


 まっすぐ俺を見つめたまま、シアが問いかける。

 その瞳は、泣きそうな顔をした男の顔を映している。


「なんで……こんな俺と恋人でいたいと思うんだよ」


 情けない言い方だと自覚していた。それでも、このずっと頭の奥にある疑問に答えてもらいたかった。


「……ねぇ、ヒツジくん。気づいてる?」


 シアは答えなかった。

 代わりに逆に問いかけられる。


「ずっとずっと私、ヒツジくんから大事なことを言われてないの」

「大事なこと……?」

「うん、ヒツジくんのこと好きだけど、そこがずっと不満かな。うぅん、不安――そう言ってもいいのかも」

「ふあん……?」


 その言葉に――シアの表情に言葉が詰まる。

 シアは笑みを浮かべているのに、どこか空虚な仮面をかぶったようだった。

 何度も見たことのある笑顔とも憂いともつかない顔をさらに印象的にしたものだった。


「やっぱり、気づいてないんだ」


 うっすら笑う。

 それは闇からこぼれだしたような笑みだった。


「――言われてないよ」


「ヒツジくん、私のこと『好き』って一度たりとも、言ったことない」

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