第89話 お面娘に、気づく

 実際、二人とも映画は集中しだしている。


「わ……」

「っ……」


 シアも明宮も俺を引っ張ったままだったが、物語も終盤に差し掛かると画面に視線が釘付けになる。


「……んっ」

「……はぁ」


 ただ感情の発露として、明宮もシアも俺を掴んだ手や腕に力を込めるところからも、それがわかる。二人とも『観たことがある』と言っていたが、それでも続きが気になってしまう作品なのだろう。


「お祭り……」


 ふと、ポツリと明宮が呟く。

 物語もクライマックスへさしかかり画面ではお祭りの光景が流れている。


 『祭り』


 その言葉には、どこかほろ苦さを感じてしまう。

 もちろん思い出すのは去年、明宮と行ったお祭りのこと。


「……お祭りと花火、行きましたね」


 同じことを考えていたのか。画面に目を向けたまま、ポツリと明宮が呟く。


「うん」


 二人きりで向かった『デート』――だったけれど。


 『二人で行ってくるようにと、皆さんに言われて』


 花火を観ながら語ったその話が、『デート』にきしみを入れた。

 あの言葉で、明宮が俺を恋の対象として意識していないと思った。

 その引っかかりが明宮と疎遠になった原因の一つかもしれない。


 あの時、『皆で来ても良かった』なんて言わないで、素直に明宮と二人きりで来れたことへの喜びを伝えれば、何か変わっただろうか。


 それとも――


「……そういえば」


 あの時、お面をかぶった子に出会った。

 たぶん、自分たちと同じ年頃の少女。


『ああ、悪い話じゃないわ。きっとあなたにとっても、彼女にとっても良いことだと思う』


 俺の中での引っかかりの始まりは、あのお面娘のひと言だったかもしれない。

 明宮と俺との認識はズレているのではないか。そう思ってしまった。


 変わった娘だったと思う。

 どこかイタズラっぽい、楽しげな話し方も特徴的で――


「……あ」


 記憶の底にあったものを、ゆっくりとすくいあげていく。

 くぐもった声だったから、記憶にモヤがかかっていた。

 それに、俺達はから、不思議な子という結論で記憶の底に沈めていた。


「どうしました?」


 言いかけて黙った俺を気遣ったのか、明宮が首をかしげる。


「あ、ああ……」


 だが、あの話し方。

 『今ならば』よく知っている。

 そして、という辻褄つじつまも合う


「……シア」


 一度渇いた喉を動かしてから、シアに声をかける。


「なぁに?」


 シアが俺を見上げてくる。

 画面の内容よりも大切なことだとでもいうように。


「祭りで、お面をかぶってたのって……シア?」

「――ええ」


 躊躇ちゅうちょすることなく、即座に。


「ええ、私よ」


 献身的と思えるほど間髪入れず、続けて二度、シアはうなずいた。

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