第87話 賢者へのいざない

 ずいっと、明宮と俺の間にシアが割って入ってくる。


「もう、油断も隙もないんだから」


 シアの不満そうな瞳が俺の顔を写す。

 ふんわりとお風呂上がりの熱に混ざってシアの香りがする。


 明宮の香りが雨上がりの空のような爽やかさだとしたら、シアの香りは夜桜のような密かに甘い。同じボディーソープやシャンプーを使っているのに、どうしてそんな違いが出るんだろうか。


「し、シアさん、近いです」


 明宮がシアを引っ張る。

 顔を近づけた明宮に割って入ったのだから、シアとの距離はもっと近い。

 とはいえ、何度も接近されているから明宮に比べたらまだ慣れてはいる。


「えー、私はこのままキスしても良いんだけどなぁ」

「だ、ダメです」

「ヒツジくんはどう?」


 おかしそうにクスクス笑いながら、シアが俺を見つめて舌なめずり。

 唾液に濡らされた唇がぷるんと震える。


 一度はふれたことのある場所――


「ふふんっ♪」


 俺の視線を感じたのか、シアがさらに大胆に、着ているキャミソールの肩紐を引っ張る。そうすると、彼女のふっくらとした胸元の、白い柔肌が見え――


「わわわ、いけません! そんなこと……!」


 明宮がシアを引き離す。


「それに、そんな薄着で……」

「私はお風呂上がり、いつもこうだけど?」

「だ、だからって、そんなのはしたないですから」


 明宮には及ばないものの、シアも発育は十分すぎるほど。

 意識しないようにしていたけれど、シアの胸は存在感を示すように、キャミソールの布地を大きく伸ばしてしまっている。


「日辻さんも! 見過ぎです!」

「え、あ……すみません……」


 ついつい、視線を向けていたのは事実なので謝るしかない。


「謝らなくていいのに。ヒツジくんに見られるなら、私はいつでも……♪」


 本心なのか状況を楽しんでいるのかわからないが、シアがニンマリ笑う。


「『恋人』同士、だもんねー♪」


 そして笑いかけたのは俺ではなく、明宮の方。


「うう……」


 付き合いの長さは明宮に一日の長があるものの『恋人』という絶対的なアドバンテージを持っているのは、シア。

 明宮はシアの笑みに圧されたようにたじろいだが、すぐに気合を入れる。


「……っ」

「えっ?」


 明宮がジャージの上を脱ぐ。

 下は、体操服を着ていた。


「お、お風呂上がりで暑い……ですからね」


 真っ赤になっているが、それは風呂上がりのほてりではないだろう。

 シンプルな白地の胸元に校章が入った体操服。

 体育の時間は男女別ではあるが、体育祭や体育の授業前に見たことがあるから、見慣れない格好ではないものの……。


「私だって……」


 ぎゅっと明宮が体操着を見せるように胸を張る。

 そうすればシアを圧倒する胸が強調され、たぷんと震える。


「わ……」


 シアが思わず声を上げる。そのぐらいの迫力がある。

 教室や校庭で見るよりも、部屋で体操着という状況がミスマッチで、俺もドキリとしてしまう。

 それに、胸元にうっすら見える水色のシルエットは、まさか――


「いや、ふたりとも……」


 慌てて目をそらす。

 二人が俺を意識してくれるのは嬉しいが、二人で色気のある対抗心を見せられると、心がまったく落ち着かない。


「や、やるね……明宮さん。ヒツジくんも賢者になっちゃダメだからね」

「え、賢者?」

「と、とにかく! シアも明宮さんももう一枚着てくれ!」


 そこで余計な話にしたくもないので、慌てて叫ぶ。


「もー、誘ってる女の子が二人もいるのに、真面目だなぁヒツジくんは」

「でも、そこが日辻さんの良いところですから」

「うっ、それはわかってるけど」


 明宮が出してくれた助け舟に不利だと思ったのか、シアが焦った声を上げる。


「そうだよね……ヒツジくんは恥じらいのある子が好きだから……」

「そ、そうなんですね……」


 自分の行為が過激だったことに気づいたのか、明宮も頬だけでなく耳まで赤くして胸元を腕で隠す。

 でも、たゆんと腕で形を変える明宮の胸は、それはそれで目の毒だった。

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