第26話 恋人同士に、見られたい

「……何やってるんだ?」


 声をひそめてシアに問いかける。


「こうした方が、恋人っぽく見えるかなーと思って」

「見えるとは思うけど……」


 突き刺さる視線の元をたどれば、当然ながら門井さん。


「ううう……」


 恨めしそうな瞳でこちらを見つめている。


「門井さんの敵意に満ちた視線が怖いんだが……」

「えっ……あっ、コトちゃんどうして……?」

「そりゃ、急に友人が見知らぬ恋人を作ってたら驚くに決まってる」

「そうなの?」

「だよな?」


 思わずすぐそばの友人二人に訊いてみる。


「そりゃねぇ、ヒツジがどうしてそうなったのか、疑問だらけだよ」

「……ま、後でしっかり教えてもらうとするぜ」


 ズミーとオギやんが半分呆れつつもニヤリと笑う。

 シアにはわかりやすい説明になったが、後が大変そうだ。


「そういうものかしら?」


 でも、シアは疑問顔のまま。


「……そんなに私たち、恋人同士に見えないの?」

「あと、シアって俺以外に付き合ったことってある?」

「ないよ」


 即答してくれた。

 つい、嬉しくなったのは男の性なんだろうか。


「だったらなおさら門井さん、驚くと思うなぁ」

「ああ……そっか。コトちゃん純情だからなぁ。彼氏いたこと無いって言ってたし」


 シアも純粋なところがあるのだが、それはそれとして、だ。


「――さっきから、なに話してるのよ」


 どこかふてくされたような声を門井さんが出す。


「コトちゃん。ヒツジくんはとってもいい人だから安心して」

「別に、そこを心配してるわけじゃ……いやまぁ、心配ではあるんだけど」

「そう?」

「そうよ。シアはしっかりしてるけど、変なところで警戒心がないんだから」

「えっ、そんなことないと思うけど」


 知らぬは本人ばかりなり。さすが友人、よく知っている。


「ところでコトちゃん」

「なに? 私は、シアのこと心配して――」

「大丈夫? 私こそ心配」

「えっ?」


 シアの言葉に不意をつかれたのか、門井さんが目を丸くする。


「部活。新入生勧誘の相談するから、早く行かなきゃって言ってたから」

「――あ、嘘っ、こんな時間?」

「コトちゃんの時間がある時に、ちゃんと話すから、いってらっしゃい」

「うぅ……約束よ!」


 後ろ髪引かれる思いをありありと見せながら、荷物をまとめて教室を出ていく。

 その動きに合わせたかのように、教室内もまたざわめきを取り戻していった。


「あー……ヒツジの彼女さん? よろしく」

「ええ、中住さん。よろしくお願いします」

「しっかしなぁ、九条っていつからこいつと知り合ってたんだ?」

「ふふふ、いつからでしょう?」


 話しかけるズミーとオギやんにシアがウインクをする。


「ヒツジも案外、手が早いんだなぁ」

「早いのかねぇ。僕はてっきり――」

「てっきり?」


 シアが首をかしげると、ズミーが目をそらす。


「あ、いや……僕もそろそろ部活の時間だ。オギやんも演劇部に用があるんだろ?」

「ああ、ちょっと撮りたい動画があってよ。役者がいると助かるんだよなー」

「役不足な依頼ならお断りだよ」

「へへへ、力不足と言われないように気をつけな……じゃな、ヒツジ」

「ああ、二人ともじゃな」


 俺たちに気を遣ってくれたのか、二人も教室を出ていく。

 そうなると、他の人たちも右に同じなのか帰り支度を整えて出ていく。


「あら」


 あっという間に教室はがらんとしてしまった。

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