第23話 『恋人』は、知らしめたい

「あっ、そろそろかしら?」


 駅前の商店街に入った辺りから、登校中の生徒が一気に増える。

 こうなると二人乗りはかなり目立つから、シアの提案はありがたい。


「だな。スピード落とすぞ」

「はーい――っと!」

「わっ、危なっ!」


 スピードをほとんど落とさないうちにシアが自転車から飛び降りる。


「よっと!」


 たたら踏みかけたものの、そのままクルンと回って見事着地。


「おお……」

「やるものでしょ?」


 長い黒髪をひるがえし、シアが腰に手を当てて胸を張る。

 動きの一つ一つが絵になる。


「運動神経良いんだな」

「ほどほどにね。見惚れちゃった?」

「そりゃあ――」


 ふと気づけば、周りからはざわつきと好奇の視線。

 登校中だった他の生徒たちがシアに注目している。

 二人乗りの自転車から飛び降りた美少女――となれば華がある。

 もちろん、俺にも視線は注がれ――


「――さっさと行こうか、遅刻する」

「そう? 褒めてくれてからでも良いのに」


 自転車を押しながら足早にその場を離れると、シアも忍び笑いでついてくる。


「周りに注目されてたぞ」

「そうね」

「そうねって気軽に言うなぁ。もしかして目立ちたがり?」

「まさか、衆人環視を受けて喜ぶような趣味はないわ」

「じゃ、どうしてさっき、あんな視線を浴びるようなことをしたんだ?」

「そんなの、ヒツジくんに褒められたかったからに決まってるでしょ?」

「いや、普通に危ないから」

「心配してくれてる?」


 かたわらで俺を見上げたシアが目を輝かせる。


「そりゃ、後ろに乗せて怪我なんてされたら困る」

「そっかぁ……ふふふ」


 なんで嬉しそうな笑顔を見せるのか。


「白状します。ヒツジくんの指摘の通り、さっきは注目されようとしました」

「目立ちたくないのに?」

「ええ、私とヒツジくんが一緒にいる。それを周りに知らせたかったの」

「えっ、なんで」

「決まってるわ。ヒツジくんと私がイイ仲だってわからせないと。

 いつなんどき、あなたを盗られるかわからないでしょ?」

「杞憂すぎるぞ……」


 天が崩れ落ちるのではないかと心配した人より、意味のない懸念だ。


「その心配するのは俺の方だと思うけどなぁ」

「へぇ、それってつまり、私が誰かに言い寄られそうってこと?」

「まぁ……シアは綺麗、だし」


 自転車のバランスを取るふりをして、目をそらす。

 あんなことをしなくてもシアは人目を引くほどの美人。

 しかも話しやすく、心安いところもある。間違いなく人気があると思う。

 とはいえ、それを面と向かって言えるほどかっこつけられない。


「……嬉しい。安心して。私はヒツジくん一筋だから」

「ああ……ありがとう」

「いえいえ、私のためよ♪」


 不思議だ。

 『嘘をつかない』と自称するシアがここまで言うなんて。

 俺たちは出会ってまだ2日そこら。

 シアがそこまで俺に肩入れする理由は無いはず。


 それとも俺が忘れているだけで、シアと会ったことがあるのか……?


 何度記憶をあさっても、思い当たることはない。

 だからこそ、シアの言動は疑問だ。

 まさか、数日泊めただけで惚れるほどお安い性格ではないだろし……。


「シア――」

「シア~~~~~~っ!!!」


 俺が声をかき消すように響き渡った大きな声。

 校門前にいた女子生徒がシアに向かって駆け寄り――


「もうっ、心配したんだから! おはよーーーっ!!」

「むぎゅ」


 その名の通りポニーテールしっぽを振ってシアを強く抱きしめたのは、門井さんだった。


「んん……コトちゃん。おはよう、久しぶり」

「うんっ、良かったぁ。風邪引いてたらどうしようって思ってたのよ」

「ごめんね、連絡したとおりただの寝坊」

「そっかぁ……シアは朝弱いからしょうがないよね。言ってくれれば私がモーニングコールするのに」

「そこまでしてもらうのは悪いわ」

「そう? シアと私の仲じゃない」


 まるで久しぶりに飼い主に会えた忠犬が、嬉しさいっぱいにじゃれつくようだ。


 門井さんってこんな子だったっけ……?

 昨日の自己紹介だと、かなりクールな印象だった。

 でも、シアに対しては空気が違っていたから、これも当然なのか?


「今年もシアと同じクラスで良かった。教室まで案内するから一緒に行こ」

「あ、でも――」


 シアがこちらに視線を向けるが、門井さんの勢いに勝てる気がしないので『先に行ってくれ』と手を振って知らせる。


「……ん。コトちゃん、教室への案内、よろしくね」

「任せて。出席番号も私のすぐ後だから、席も後ろよ。去年と一緒。行きましょ!」

「ととと」


 門井さんがシア引きずって行ったように見えたのは……気のせいじゃなさそうだ。


「……俺も行くか」


 このままシアと登校してたら、周りに俺たちの関係を根掘り葉掘り聞かれることになっただろうから、結果的に良かったかもしれない。

 シアは『俺たちの関係を言っていい』……そう言ったけれど。


「言ったら騒動、起きるよなぁ……」

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