第18話 彼女の、意外な不足点

「えっ」

「ふふふー♪」


 シアが俺を見上げてくる。

 その瞳が細められ、ホクロと相まって艶が増す。


「俺と一緒に何を? ……あっ」


 しまった。いま俺、かなり余計なこと言ったか?

 これはまた、からかわれる流れ――


「え?」


 あれ……?

 なにか誘い文句か、からかいが来るかと思ったら、意外にもきょとんとされた。


「お茶飲んだり……映画見たり? 雑談したり?」

「ま、まぁ……そうだよな」

「?」


 シアは、自分の顔に浮かぶ疑問を隠そうもとしていない。

 わざと言っているわけじゃないのか?

 あれ、ということは……?


「シアって男が一人の時、何してると思ってるんだ?」

「わ、セクハラ。そういうの、女の子に言わせちゃうんだ」

「うっ」

「でも、ヒツジくんが聞きたいなら、答えてあげる」


 シアが誇らしげに言うと、クスクスと妖しい笑みで上目遣いになる。

 それだけで、シアが一気に大人っぽくなる。


「女の子の裸が出る写真とか、動画とか漫画、観るんでしょう?」


 しまった、やっぱりシアはちゃんとわかってた!


「どう? 正解?」

「そ、その通り……」

「あら、素直♪ でも、それなら私も一緒に見るのに」

「ええっ!?」


 それはあまりにも特殊な嗜好すぎる。

 シアはもしかして、経験豊か……?

 それともいわゆる『羞恥プレイ』が好き……とか?


「女性の裸は、温泉とか銭湯とか……それこそ着替えの時だって見るもの。

 女の私が見たっておかしくないでしょ?」

「いや、でも……そういうの見たら、ほら」

「そうね、すごくドキドキするって聞いた」

「そ、そう」

「ドキドキして、ドキドキし続けたら、男の人って――」

「――え、まて、それ以上女の子の口から言うのは!」


 止めようとしたが、もう遅い。

 シアは、誇らしげに胸を張り――


「――悟って賢者になるんでしょ?」


 断言した。


「……え? あ、はい、まぁ……」

「綺麗な人の裸って、芸術だもんねぇ……ドキドキ以上に、悟っちゃうよねぇ」

「は、はい……」


 ……ちょっと待て。

 さっきからシアは、自分が知っていることをアピールするように自信満々に話している。だが、何一つ、決定的な真実にはたどりついていない。

 ということは――


「シア……さっきケダモノみたいに……そう言ってたけど、それって、どんなことを指してたんだ?」

「もう、恋人にそ言うこと言わせるの楽しいんだ。エッチすぎ……ヒツジくんなのにオオカミみたい」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」


 針のムシロに座っている気分だが、これははっきりさせないといけない気がする。


「そんなの『獣』なんだから、裸になることに決まってるでしょ」


 何を言ってるのかと言わんばかりに、シアが答えてくれた。

 シアは俺の質問にいつもしっかり答えてくれる。

 だからこそ、確信した。


 あー……シア、これマジで言ってる。


 仕入れた情報が相当アンバランスだったのか。

 ツギハギの内容を想像で埋めた結果、こんな歪な考えになったらしい。

 情報化社会の闇なのか、これ……。


 前に『エッチなことでも許す』と話していたが、そのハードルはかなり低かったにのかもしれない。だとしたら、シアの口車に乗ったら大変なことになっていた。


「あは……わかってても『イケナイコト』を話すと少し照れるわ」

「まぁ、恥じらいがある方がいいから……」

「クスッ、そうだったわ。それじゃこれで良さそうね」


 そうか、これがシアの中では『イケナイコト』の限界値か……。

 時々、大人びている顔を見せるが、実際に大人かどうかと言えばまた別だ。

 振り返ってみると純真なところがけっこうある。

 一体、どんな環境で育ってきたんだ……?


「せっかくの共同生活だから私、一人の時間より二人でいたいな。

 だからヒツジくんが良いなら、そういう時も一緒に過ごしたいかなぁって。

 ほら、恋人のそういう好みも知りたいし!」

「あ、いや……根本的に一人の時間、いらないから!」

「そうなの? 遠慮しなくていいのに」


 純粋な子ほど、気づかず下ネタを言うものなのかと、妙な感心をしてしまう。

 でも、シアのこういう一面を知ることができたのは、間違いなく僥倖ぎょうこうだ。

 知らなければ、地雷を踏み抜いていたかもしれない。


「俺も、まずはこの共同生活に慣れることにする」

「ん……そっか。でも、思ったことや不満なことはちゃんと言いましょ。

 私も気になったことは言うから。溜め込んでたら、ケンカの元だもの」

「ああ、その方が良いな、そいつも取り決めごとに入れよう」

「ええ、けってー♪」

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