第28話・心で叫んでいるんだ!

 あれから少し経って時刻は夕方の17時過ぎ、少女はあれから凪たちのクランの拠点でシャワーを浴びていた。


 幽麻と河から這い上がってすぐのこと、その場に現れた凪はフルメタル・アルケミストで幽麻の全身を殴打し、瞬時に負っていた傷を治療すると、少女に声をかける。


「幽麻の処置はこれでいいとして……咲、クランの拠点で話を聞かせてくれ」


凪はそう言って幽麻に肩を貸してその場から離れ、今に至るというわけである。


 突然、風呂場の扉がノックされ「着替えを置いておくぞ!」と玲奈の声が聞こえた。


「すみません。ありがとうございます」


咲は礼を言うと、玲奈は「ごゆっくり!」と返して離れていくのが足音で解る。


 玲奈が置いてくれた着替えは白の長袖Tシャツと黒のバスパンで、シャワーを浴び終えた咲は着替え終わると、2階の方から「いっでええええええええ!?」と幽麻の悲鳴が響き、続くようにガタン! と何かが落ちる音が聞こえた。


 2階の寝室にて……

幽麻は上半身裸でベットから転げ落ちたように床でのたうち回っていた。


「……まだ安静にしていた方がいいぞ。表面上の怪我は治ったとはいえ、激しく動けばまた傷口が開く」


 様子を見に来た凪はそう言うと、幽麻はゆっくり体を起こして床に腰を落ち着ける。


「あの子は? 確か近くにいたはずだけど……」


 咲の安否が気になった幽麻は尋ねると、凪は事の経緯を簡単に話した。


「咲のことか? 今はシャワーを浴びてるところだ。にしても催眠術で操られていたとはいえ、アイツ相手によく勝てたな?」


 まだナイフが刺さっていた箇所が痛む幽麻は凪に「何者なんだ?」と咲の事を尋ねる。


「椿臥(つばきが) 咲(さき) 伊佐乃市異能力ランキング・1位「クロノス」の称号を持つ変異種の魔祓い師だ。能力は「クロックスティック」……ほんの数秒だが、時間を止めたり、巻き戻したり、早送りしたりできる能力だ」


 そして凪はベランダの窓を見て、もう日が西に傾き始めているのが解り、幽麻にこう言った。


「とりあえずもう暗くなるし、襲撃される可能性があるから今夜はこっちで一晩過ごすことになった。あとでシャワーを浴びてこい。その間に軽食を作ってやる」


 そんなこともあり、日が沈んで夜も更けた頃……

夕食が済んだ凪たちは地下室で対戦ゲームで盛り上がっていた。


 幽麻はまだ傷が痛むため、ひとり2階の男子用の寝室で床についた。 ※凪の提案で男女のプライベートを守るために武器庫をやめて寝室をふたつにした。


 そして、23時を回った頃……

咲は眠そうな顔でソファから腰を上げた。


 色々あって疲れたのだろうと察した凪は「もう寝るか?」と尋ねると咲はおしとやかな喋り方で答える。


「はい、どうやら疲れが出てきたみたいで……」


 そう答える咲に凪は「洗面所の下の棚に来客用で使う使い捨ての歯ブラシが置いてある」と教えると咲は「解りました。おやすみなさい」と言って1階のリビングに続く階段を上がっていった。


 リビングにつくと、そこにはテレビの前に置かれているソファで亜由美がテレビを見ていた。


 だが、亜由美は既にうたた寝しており、咲はそんな亜由美を気遣ってリビングの明かりを消して静かに2階へ上がった。


 翌朝、カーテンの隙間から刺す日の光で幽麻は目を覚ました。まず最初に気づいたのが、寝ている自身の右脇に咲が添い寝していたことである。


 咲は幽麻がいることに気づいていないかのように穏やかな顔で「スー……スー……」と静かな寝息を立てて寝ており、動く気配はない。


 幽麻は一度顔を左にゴロッと寝返りをうつ。ベットは壁につくように配置しているため、見えるのは部屋の壁だ。


(有り得ないことが起こってる……なんでこの子は俺の寝てるベットで寝てるんだ!?)


 壁の方を見ながら幽麻は疑問に思っていると、エアコンが効きすぎて肌寒さを感じたのか? 咲は「うーん」と呻いて右手を幽麻の右脇に左手を左肩にスルリと伸ばして幽麻の背中にギュッと抱き付いた。


(待って! 待って! どうしてそうなった!? この子もしかして寝ぼけてるのか?)


 心の中でそう叫びながら幽麻は何とかベットから逃げようとするが、壁際に追い詰められている時点で詰んでいる。


(クッ! この状態では逃げ場がない……どうする? とりあえず寝返りうって振り向くか?)


 悩みに悩んだ結果、幽麻は思い切って咲の方へ寝返りをうった。

すると、それと同時に咲は目を覚まし「おはようございます」と眠そうな顔で静かにそう言って来た。


 寝ぼけているのか? それとも何か意図があってやっているのか? 相手のわけのわからない咲の行為に幽麻は戸惑っていると、少女はそのままギュッと再び幽麻に抱き付いて二度寝をし始めた。


(手荒なマネはしたくはないが……)


 痺れを切らした幽麻は抱き付いている咲の腕を掴んで引き剥がそうとしたが、ビクともしない。


(嘘だろ!? こんな細い体なのに腕力が半端じゃねえ!)


 必死に抵抗する幽麻だったが、咲の穏やかな寝顔を見て、次第に抵抗する気力も失せてしまう。


(ああ、どうしよう……こんな状態で誰かが部屋に入ってこようものなら即効で勘違いされるに決まって……)


 幽麻はどうしようかと悩んでいると、そこへ、ノックも無しに寝室のドアをガチャッと押し開けた凪が「幽麻! 朝食が出来……」と言いかけたところで咲の抱き枕にされている幽麻を見て固まる。


「すまない! お邪魔だったようだな」


 凪はまだ二度寝中の咲を起こさないように声のトーンを落としてそう言ってそっとドアを閉める。


(NO! Help! help me!)


幽麻は心の中で凪に向かってそう叫んだが、その心の声は凪の耳には届かなかった。

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