第26話・チックタック

 玲奈が朝露市から戻った翌日、幽麻はバイトで着て行く紫のウィンドブレーカー姿で、顔の火傷を隠すようにティアドロップのサングラスをかけてひとりで朝露市へ来ていた。


(えーっと、確かメリーがオススメしたお店って南口を出て信号3つ超えて左に曲がったところだったか? まさか俺だけまだ浴衣を買っていなかったとは……)


そう、幽麻は夏祭りの浴衣を買いに来たのだ。


 一方、その頃の凪たちはというと……霧雨市の商店街付近にある住宅の地下室にいた。


 畳10畳は有りそうな室内は映画館のように薄暗く。室内には60インチの大画面テレビが壁際に置かれており、その前には3人掛けのソファーが置かれて、その左脇に2人掛けのソファが置かれている。


 ローボードの下にはゲーム機が置かれており、ソファーの前に置かれている膝ほどの高さのリビングテーブルにはコントローラーが専用台に4つも置かれている。


 それ以外にも、隅の方には30インチのモニターが3つ並んだデスクトップパソコンがあり、その隣には工具などが壁にかけられた作業台が設置されていた。

置かれている機器はどれもエンジニアやプログラマーが見たら、喜びそうな一級品ばかりが置かれている。


「とりあえず地下はこんな感じか? にしてもよく見つけたな! こんないい場所……」


凪はそう言うと、この物件を見つけた亜由美は自慢げにこう言った。


「苦労したんやで? オトンの知り合いの不動産会社にクランの本部によさげな物件見つけて欲しいって言うたら、悪霊住んどるところやけど構わへんか言われたから住んどったのを除霊して、荒れとった庭も暤ちゃんと一緒に更地に戻したんや。畑にしたらサツマイモでも植えようか考えてんねん」


 苦労話を聞いた凪は「いいなそれ! 焼き芋パーティーでもしよう」と楽しみが手に入った。


 一方、買い物が済んで右手に紙袋を下げた幽麻はホームで突っ立っていると、帰りの電車がホームに入ってきたその時、ドンッと幽麻の背中に誰かがぶつかった。


 幽麻は振り返ると、白のYシャツの上に黒のベスト着て、ショートジーンズで黒のニーソックスと白スニーカーの可憐な面持ちの眩しいほどに反射する白髪ショートヘアで雪よりも真っ白な肌をした虚ろな目をした碧眼の歳の近い少女がそこにおり、幽麻と目が合うなり「すみません」とぶつかったことに関して謝罪してきた。


「いえいえ、こちらこそ!」


幽麻はそう返すと、待っていた電車が停車し、ドアが開く。

 この時、なぜか幽麻はぶつかった少女から目が離せなかった。


「……」


少女は人ごみに消え、見えなくなったが、なぜか直感が囁く「あの子には気をつけろ」と……

 場所は霧雨市に戻り、ここでずっと口を閉じていた玲奈がようやく口を開いた。


「にしてもテレビゲーム機なんて必要か? クランの拠点にするなら武器庫とかの方がいい気がするが……」


ゲーム機を見ながらそんなことを尋ねる玲奈に凪はこう言った。


「クランの本部って言うのは建前の皆でお泊り会をする場所だからな。伊佐乃市の同世代クランである「夜天華撃団」もこっちへ来たらここで寝泊まりする機会も増える……彼らの中にはこの街にある大学への進学を考えてるメンバーだっているんだ。わざわざアパートを借りる必要も無いからな」


 玲奈は聞きなれないクラン名を聞いて「夜天華撃団? 何者だ?」と凪に尋ねると伊佐乃市に数年いた凪はそのことを話す。


「伊佐乃市にいた時に出来た友達が設立したクランだ。メンバーは4人と少ないが、ほとんどが称号持ちで「クロノス」の称号を持つ魔祓い師と依頼に行ったこともあった」


 凪は最後に「味方ならとても心強い子だよ」と付け加えると、突然凪のスマホに着信が入った。凪は流れるようにスマホを取り出して着信に出た。


「もしもしヨイチ? 電話なんて珍しいな! なんかあったのか? ……え? 咲の様子がおかしい? 数時間前に特に用事があるはずもないのに電車でこっちの方に向かった? おかしいな……もし霧雨市に用事があるなら土地勘のある俺に一声かけてきそうなもんだが……解った! こっちで見かけたら声だけはかけておこう……ああ、それとだ。今度時間が会う時に皆でお茶会でもしよう! そっちも忙しくていつになるかは解らないが楽しみにしてくれ」


 そう言って凪は通話を切って「なーんか胸騒ぎがするな……ちょっと幽麻の迎えに行ってくるか」と言いだした。


 そんな幽麻は帰りの電車に揺られていた。あと10分もすれば霧雨市につく。

座席に座って首を右に捻って後ろの窓から見える景色を見ていた時の事だった。


 急に後方車両の乗客たちが慌てた様子で幽麻のいる車両に駆け込んできた。中には咳き込んでいる人もおり、何かが燃えたような焦げた臭いが鼻につく。


(何事だ? 誰かが能力でテロ紛いのことでもしたのか?)


 異能の力を持つ者の中には他人の殺傷や身の回りの物を破壊する衝動に駆られる者も稀にいる。そう言った類だと思った幽麻は異能探偵として鎮圧するために人混みを掻き分けながら後方車両へ向かった。


 そっと扉を開けて後方車両へ入ると、そこには先程の少女が虚ろな目をして車内の真ん中に仁王立ちでいた。


(さっきの……)


敵かどうかはまだ分からない。


(魔祓い師なら武器、同族ならシャドウを出す!)


 サングラスで目元の表情を隠せる分、幽麻は自然にふるまうが、その内では警戒する。


 だが、その警戒は0.1秒レベルの概念を超えていた。

目の前の少女が何もない空間から1本の細身のナイフを抜いた時だった。


「スピードスターバンブルビー!」


 幽麻は驚きながらスピードスターバンブルビーを出し、足元の紫色のカンテラから複数の光の玉が出たその時、少女は「クロックスティック」と呟くと少女以外の全て止まった。


 臨戦態勢が取れた幽麻だったが、光の速度の世界にいたのにも関わらず、気づかぬうちに何もなかった自身の目の前に、少女が手に持っていたはずの1本のナイフが十数本になって飛んできていた。


 飛んできたナイフは幽麻の腕や肩に刺さり、その内の1本がサングラスを掠めて弾き飛ばし、幽麻が仰向けで倒れると同時に、床に落ちてレンズが割れる。


(バッ……バカな!? 俺が反応できなかっただと?)


 辛うじて急所を避けていた幽麻は驚くことしかできなかった。そもそも今まで自分より速い動きが出来る能力者と会ったことがなかったのだ。


 体に刺さっているナイフが空気に溶けるように消え、幽麻は痛みを堪えながら立ち上がった。


(幸いにも足はやられていない……相手の能力は何だ? 時間でも止めたってのか?)


考えを巡らせる幽麻に対して少女は再びナイフを構えた。


 次の瞬間、幽麻は瞬きすらしていないのにも関わらず、先程と同じように突然、目の前に十数本のナイフが飛んできていた。


「ウラララララララ!」


 しかし、能力を発動させていることもあり、右足で飛んでくるナイフを弾き落とすが、全てを捌くことは出来ず、体を掠める。


(よし! 今度は捌けた。多分だけどこの子の能力は「時間停止」だ。俺が即死していないところを見ると制約として「時間停止中は周りの物を傷つけることが出来ない」んじゃないか?)


徐々に相手の能力が解ってきた幽麻だったがジリ貧なことには変わり無かった。


 そんな幽麻だったが、右手でウィンドブレーカーのポケットから普通のスマホより一回り小さい黒の板にトリガーのような輪っかと銀色のUSBメモリーのようなものがはめ込まれている何かの装置のような物を取り出した。


「こんなにも早くコイツに頼る日が来るとは……」


幽麻はそう言って装置を前にかざすと電子音声が装置から響く。


あかりちゃんボイス「イオン! ピッカリーン!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る