第25話・里帰り
黒魔術師の件から2ヵ月近くも経って、凪たちは夏休みを迎えた。
終業式の帰り道……凪は玲奈と一緒に住宅街を歩いていた。
「里帰りするから明日は依頼に行くな?」
凪はそんな疑問を口に出すと玲奈はこう言った。
「ああ、両親から一日でもいいから帰って来いと言われてな。勝手に依頼に行かれてなんかあったら私が支部に怒られる」
そう言われた凪だったが特に気にするような様子は無い。
「別に構わないぞ? 明日はメリーと買い物だ。夏祭りの浴衣を選びに行く」
夏祭りと聞いて玲奈は「もうそんな時期なのか?」と驚く。
玲奈の驚きに凪は「こっちの出身じゃないだろ?」と疑問を口に出すと玲奈は凪に少し昔のことを話した。
「10年ほど前にこの街の夏祭りに父親に連れてきてもらったことがあった」
凪はそれを聞いて「へえ」と漏らす。
そんなことを話して、しばらく歩いていつも通り凪の自宅の前で別れた。
「解っていると思うが面倒ごとは起こすなよ?」
玲奈は凪にそう釘を刺して自宅のアパートへ向かった。
(夏祭りか……あの時のように、彼に会うことは出来るだろうか?)
そんな思いを胸に、玲奈はアパートへ続く道を急いだ。
そして翌日、玲奈は単身で朝露市の駅で電車を降りた。
メリッサに見繕ってもらったお出かけ用の明るい緑のYシャツの上にベージュのロングカーディガンを羽織り、水色のプリーツの入ったミニスカートと二分丈の黒のスパッツを穿いているが、履物はいつもの黒のスニーカーのままだ。
両親との顔合わせのため、仮面は外している。
「玲奈!」
駅を出て早々に玲奈は迎えに来た母親に声をかけられた。
歳は40代程で玲奈と同じ黒髪ショートヘアで白のVネックのTシャツの上に黒のテーラードジャケットを羽織り、同じ色のロングスカートと白のヒールサンダルを履いている。
「お母さん! ただいま!」
玲奈はパアッと明るい顔になって母親の下へ駆け寄った。
「向こうでの生活はどう? 最近、大変なことに巻き込まれたとか聞いたんだけど?」
街中を歩きながらそう尋ねてくる母親に玲奈は近況を話した。
「監視対象があの街でランキング上位に入る実力者だから寧ろ学ぶことが多い。魔術に対する知識に異形に対する知識に中間世界を渡り歩くうえで必要なこととか」
少し歩いて近くの喫茶店に入ってから玲奈は続けた。
「他にも私服をコーディネートしてくれたり、貴重なテクトムで作った刀をくれたり……監視役が監視対象のお世話になっているような気がする……」
席に座って一緒にコーヒーを飲みながらそれを聞いた母親がこんなことを言った。
「いい友達じゃない! いつもは赤のTシャツにオーバーオールのアナタがそんなお洒落な服を見繕ってくれるなんて、モデルみたいにかわいい子だったりするのかしら?」
無理もないがどうやら相手が異性ではなく同姓と勘違いしていることに気づいた玲奈はコーディネートした人物が男であることを教える。
「言っておくけど、これコーディネートしたの「監視対象の弟」だから……監視対象の生徒も男だから……」
それを聞いた母親は目を丸くして「え?」と間の抜けた声が出るが、玲奈は当たり前の反応をされたため「うん、まあ順を追って説明すると」と改めて凪たちの事を詳しく話した。
「私が監視をすることになったのは鈴羅 凪という魔祓い師でありながら死神の力を持つイレギュラーな能力者で、おまけに異能の力に頼らずに戦えるように「氣功術」っていうテクニックを持っている武道の達人で、霧雨市の異能力ランキングで2位に入っている実力者なんだ」
玲奈の話を聞いた母親は異能の力を持たない普通の人間だということもあっていくつか理解できていないところもあるが「随分とすごそうな子の監視をしているのね」と驚く。
喫茶店を出ながら玲奈は異能風紀委員として活動状況について母親に話した。
「一応、ソイツのクランに入団したりして、依頼中でも常に監視できるようにしてるし、聞き分けは良いほうだから今日は依頼に行かないように頼んだら快く聞いてくれたから安心はしている。まあ……本人も今日は弟と買い物に行くとか言っていたからちょうど……」
前を向いて歩きながら玲奈はそう話していると、2m先の右側にある路地から左手に白の紙袋を下げた私服姿の凪とメリッサがふと現れた。
それだけならまだしも、視線に気づいたのか凪が玲奈の方を向いて「あっ! 玲奈!」と右手を振って声をかけてきた。※凪は玲奈の素顔を見たことがある。
なぜここにいるのか? という疑問とタイミングの悪さに玲奈は曇った顔に右手を当てていると母親が「お友達?」と尋ねてきた。
「私の監視対象……どうしてこっちにいるんだ?」
玲奈はそう答えて凪たちの方へ駆け寄り右手で凪の胸倉を掴んで路地裏へ引きずり込んだ。
「貴様! なぜここにいる?」
額に青筋を立ってゴゴゴゴゴという殺意剥き出しのオーラを出し、両手で凪の胸倉を掴んで持ち上げて路地の壁に押し付けながら玲奈はそう尋ねる。
「昨日ちゃんと話しただろ? ただの買い物だ! 単純にメリーが「雑誌で見たこっちにあるお店を見に行こう」って言い出したから電車に乗ってこっちに来ただけだ」
凪は平気な顔でそう言うと、玲奈はハアッとため息をついて凪を降ろした。
「買い物は済んだのか? 私はまだ母と街を歩くつもりだ」
玲奈は凪にそう言うと凪は左手の紙袋を玲奈に見せて答える。
「もう済んでる! 今は帰り道だ」
そう答える凪に玲奈はふと疑問を口にした。
「……幽麻達はどうした?」
玲奈の言う通り、普段は一緒に行動するであろうクランメンバーがこの場にいない。最低でも暤ぐらいは連れてきそうなものだ。
「幽麻はアルバイトで亜由美は呼び出しで支部に行ってる。暤は金欠で小遣い稼ぎに今はバッチャンの手伝いに行ってる。お前も夏祭りに来るなら浴衣を選んで来たらどうだ?」
凪にそう言われた玲奈は少し考え込むような顔をしてから10年前のことを思い出し「……欲しいのがあれば買っておこう」と答えた。
路地裏から出ると、メリッサと玲奈の母親が談笑しており、凪たちは一足先に霧雨市に帰った。
「面白い子たちね? 特にメリッサちゃんなんて、あの顔と声で男の子だって言うの
が驚きだわ」
呉服屋で浴衣を選んでいる玲奈に、母親はそう言うと玲奈は「初めて会った時は衝撃的だったよ」と初めて対面した時の事を思い出す。
そんなことを話していると、玲奈はふとひとつの浴衣に目が留まった。
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