第2話 頼まれ事
「なぁ委員長、代わりに掃除してくれねぇ? これから予定があってさ」
「日野山さん、このプリントをc教室まで運んでくれないかな?」
「楓、今日もすまないが頼んでいいか?」
「日野山さん」
「カエデちゃん」
「日野山さん」
「委員長」
今日も私は誰かに頼られる。
それについて疑問に思ったり嫌になったりなどした事はない。
昔から父、友達、先生、近所の人にいつも頼られて、それが当たり前だと感じるようになっていた。
「ねぇ日野山さぁん、ウチさぁ今日彼氏との予定があるわけぇ。だから当番替わってくんなぁい?」
「いいですよ、分かりました」
今も頼られた。
彼女は森部涼子、仲がいい訳では無いがいつも私に課題や掃除を頼んでくる。
教室の掃除が終わった所でちょうど良かった。
荷物をまとめて教室の鍵を締め、トイレへと向かう。
用具入れからホースを取り出し、蛇口に装着する。
蛇口を捻ると勢い良く水が出て靴を少し濡らす。
掃除が終わり、用具入れに直していると、
「まだ掃除やってたんだ?」
トイレの外から声が聞こえる。
「森部さん? 彼氏さんとの予定はどうしたんですか?」
「そんなの嘘に決まってんじゃん、めんどくさいし汚いしぃ?」
彼女はトイレの入り口まで入ってくると、壁に背を当てこちらをじっと見ている。
「なるほど、時間も時間ですし早めに帰宅して下さいね。何があるか分からないので」
私はそう言うと片付けの続きを始める。
時間は17時半、部活動をしていない生徒ならとっくに下校時間だ。
「え、怒んないのぉ? 意味分かんないんですけど?」
「そう言われましても、頼まれた事をするのは当たり前のことなのでは?」
「はぁ? マジでそれ言ってんの? 日野山さんってお人好しって言うよりバカよねぇー」
彼女はクスクスと嘲笑っている。
「あんた、みんなに良いように使われてるって気付かないのぉ?」
「でも、それでも頼まれて─」
「自分の意志がないのぉ? まるで人形じゃん」
利用されてる? 意志? 人形? 分からない、彼女の言っていることが理解出来なかった。
理解したくなかったというのが正確かもしれない。
「じゃ、ウチ帰るねぇー。またねー日野山さん」
彼女の言ったことを深く考えてはいけないと思い、私も帰路に就く。
今日の夕飯について考えていた時、ふとある事を思い出した。
そういえば家事をし始めたのも頼まれたからだったな、と。
私の家は父と二人暮し。
母は私を出産した時にそのまま死んでしまったらしい。
男で一つで私を育ててくれた父、私が小学5年生になった頃、父に家事をやってほしいと言われた。
私は頼まれ事をちゃんと出来るように、学校から帰った後は、隣の家のおばさんの家にお邪魔し、家事について教えて貰っていた。
あの時の私はただ父の期待に応えようと必死に努力していた。
そのおかげか家事はすっかり上達した。
しかしその日を皮切りに先生から、友達から、近所の人から様々な事を頼まれるようになった。
そこから自分の心が分からなくなってしまった。
彼女が言っていたあの言葉、確かにそうかもしれない。
でもこれが私が生きてきた道、否定される筋合いはない。
そんな事を考えていると急に激しい衝撃と共に意識を失った。
気が付くと私は雨に濡れ、冷たいアスファルトの上に転がっていた。
起き上がろうにも全く力が入らず身動きが取れない。
確認する為に首を浮かそうにもこれもまた力が入らない。
目線を横にずらすと瞬時に理解した。
ひしゃげた腕、地面に広がる赤いシミ。
(あぁ、私、轢かれたんだ)
誰かが走りよってきて体を揺さぶり、必死に死ぬなと声をかけている。
勿論死にたくない、家事が全く出来ない父を1人置いて死ぬのは心配だ。
しかしそんな気持ちと反比例するかのようににどんどん視界はぼやけ、体温が冷たくなっていくような感覚がする。
そして理解する、
私、日野山 楓という存在が無くなるという事に。
今まで私は自分の為に何かした事が無かった。
父の為に、クラスメイトの為に、近所の人の為に、小さい子供の為に。
全て他人の為に行動してきた。
(もしらいせがあるのであれば、わたしはどのような生き方をするのでしょうか。もしあるなら、自分のために…)
アスファルトを叩く雨の音と現世から手を伸ばす声を背に、私は静かに目を閉じた。
柔らかい感触と共に目を覚ます。
辺りを見渡すと病院と思われる部屋で寝かされていた。
(…生きていたのでしょうか?)
「いいや、死んでるよ」
声の方向に目をやると白衣を着た男性がベットの横に立っていたら。
「そう…ですか」
自然と涙が溢れる、
(そうか、私、本当に死んだんですね…)
「すまないね、辛いのは分かるんだが先に話をさせてくれ」
私は涙を拭き、耳を傾ける。
「ここは魂の選別場所、言わば現世とあの世の境界線だ。君を転生させようと思うんだがそこで、君にしか出来ない頼みがあってね。」
「…頼み?」
君にしか出来ない頼み、何度も何度も聞いた言葉。
ぎゅっとベットのシーツを握り締める。
「なん…ですか?」
「君には君が住んでいた世界とは別の世界で、勇者となり世界を救って欲しいんだ。」
「私が世界を救う?」
「そうだ」
「私が勇者、ですか?」
「他人を助け、他人の為に行動し、他人の事を思う事が出来る人間が勇者に相応しい。そして、それが君だ。」
勇者? ……私にピッタリじゃないか。
私が今までしてきた事じゃないか。
それに目の前の彼は私に頼んできた、断る理由がどこにあると言うのか。
「……勇者として、務めを果たします。」
「理解が早くて助かった。では目を瞑りなさい。」
目を閉じる、心の中で何か私に訴えかけてくる。
私はそれを心の奥底に抑え込む。
それが間違っても外に溢れないように。
これでいい、そう言い聞かせながら意識はまた闇の中に落ちた。
私にはこの生き方しか無い。
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