最強勇者に好かれたはいいが、前世で君を轢いてしまったので気持ちに応える事は出来ない

@APP18

第1話 犯した罪

目の前に立ちすくむ少女、十分にブレーキの可能な距離、俺は落ち着いてブレーキを踏もうとした。




 しかしあろう事か俺はアクセルを踏み込んでいた。




 鈍い衝撃とともに少女を撥ねてしまった事を理解した。


 そこからの記憶は殆ど無い。




 気づいたときには薄暗い部屋の中で一人蹲っていた。




「もっと生きたかった、もっと生きて素敵な人と出会って幸せに暮らしたかった」


「貴方さえいなければ」


「貴方さえいなければ」


「貴方さえいなければ」


「すまない…すまない…許してくれ」


「貴方はなんで私の命を奪っておいてのうのうと生きているの?」


「ごめんなさい…ゆるしてください…」


 今聴こえる声は幻聴なのだろう。

 今目の前にいる血塗れの少女、日野山 楓は幻覚なのだろう。 


 頭では理解しているが自分の罪の意識によりどんどん思考が追い込まれていく。



「貴方が代わりに死ねば良かったのに」


「なんで死ななかったの?」


「代われるものなら代わってやりたいさ!!」


「じゃあ死んで?」


 一ヶ月、この幻聴に悩まされ続け病みに病んだ俺の思考は正常では無かった。


「…分かったよ」


 俺は台所へと向かい包丁を手に取る。


 今から代わってやるというのに何処かその手は震えていた。


 震える右手を左手で抑えつけながら包丁を喉元に向ける。


 喉に当てると一瞬鋭い痛みが走る。


 そこで自分が何をしようとしていたのか気付き包丁を投げ捨てる。


 今俺が死んだところで彼女が蘇るわけでもない。



「なんで? 代わってくれるんでしょ? 早く死んでよ」



その声を聞いた時、俺は叫んでいた


「うるせえなぁ!! 俺が死んで何か変わるのかよ!?」


「早く、早く」


 少女の急かす声、もう限界だ。



「ならお望み通り死んでやるよ!」



 足元に投げ捨てた包丁を拾い上げ、喉元に向ける。


 包丁を握る手に誰かが触れているような感覚がして目をやると、少女の手が俺の手に触れており、そのまま包丁を押し込まれた。


 喉で感じる異様な異物感と共に、今までに感じた事もないような痛みに襲われ意識が薄れていく。


 もし、もし彼女に会えるのであればこの世で償えなかった罪を償おう。それで許されるとは思わないがこのまま悩み続けるのは絶対に嫌だ。


 最後に見た光景は、目線の下から大量に噴き出す、嫌でも死を感じさせる赤色だった。









 眩しい光により沈んでいた意識が覚醒する。


 体を起こし辺りを見渡す。


 いつの間にかベットに寝かされており、カーテンで仕切られている。


 なんとなくだが病院の独特な雰囲気を感じる


 俺はあれから──そうだ、死んだんだった。


 日野山 楓、俺が殺してしまった少女。


 制服からして高校生だったのだろう。


 俺はそんな青春真っ只中の彼女の未来を奪ってしまった。


 思い出しただけで罪悪感に押し潰されそうになる。

 目頭が熱くなり、自然と涙が溢れてきた。



 「ごめん、ごめん、許してくれ、許してください……」



 死ぬ事であの苦しみから解放されたかった。 


 しかし、死んだ所でこの罪悪感が消える事はなかった。


 罪と向き合わず、ただ逃げようとしたどうしただけの自分。


 犯した罪は永遠に消える事は無いのだろう。


「おや、目を覚ました様だね」


 シャー、とカーテンレールの駒が滑る音が耳に響き、そちらの方に顔を向けると、白衣を着た男が入ってきた。


 男はベッドの横にあった椅子に座り、


「記憶はあるかい? 自分が誰だったかわかるかい?」


「えっと、春山広大です。運送業で働いてました」


「うんうん、記憶はあるようだね。記憶の混濁は無し、と」



 カルテの様な物に何やら書き込んでいる。



「あの、すみません」


「どうしたんだい?」



 男は俺が話し掛けると書き込むのを一旦辞める。



「ここはどこなんですか? 俺は確か死んだ筈じゃ」


「そうだね、君は死んでしまったよ。ここは魂の選別場所、謂わばあの世とこの世の境界、僕はここの管理人ってわけさ」


「それは……天国に行くのか地獄に行くのか決める場所って事ですか?」


「うーん、そういう訳では無いんだ。ここでは次に生まれる際の身分、能力値等を現世で幾ら徳を積んだのか、間違った行いをしていないか等で決定する場所だ。君達が言う天国や地獄は無い。現世での行いが来世に影響するんだ」


「なるほど……」


 現世での行い、果たして俺は良かったのだろうか。もし良かったとしても今回の件で帳消しだろう。


 ここでふと、疑問に思う事がある。


 彼女はどうなったのだろう。日野山楓はどうなったのだろう、と。



「そうだ、君が気にしているあの子の事で話があってね」


「話?」


「実は彼女にはある頼み事をしていてね。簡単に説明すると、来世では君達の住んでいた別の世界で勇者として活動して貰おうかと思っていてね」


「あの、それはどういう意味の」


「君の認識で間違いは無いと思うよ。魔王と戦うあの勇者さ」


 勇者、ゲームだけの話じゃ無いのか?


 元はただの女子高生の彼女が戦えるのか?


 様々な疑問が新たに湧いてくる。


「それに関しては問題無いだろう。彼女が転生するのは今から20年後だ。勇者の力を蓄える為に今は眠りについてもらっている。目覚めた時にはそんじょそこらの奴には負けない位強くなっているだろう。そこからは彼女自身の努力次第だけどね」


 ……俺が彼女を殺してしまったからこのような事に巻き込まれてしまったのか? 


 本来なら友人たちに囲まれながら争い事とは無縁の生活を送れた筈なのに……


「そこで、だ。春山広大君、君にも一つ頼み事があるんだ」


 男は座り直し、真剣な面持ちで俺に語る。



「君にもし、罪滅ぼしをしたいという気持ちがあるのであれば、彼女、日野山楓と同じ世界に転生させてもいい」


「本当ですか!?」


「その代わりに条件がある。それは──」


 男の条件は誰でも守れるような簡単な物だったが、果たして俺はそれを守る事ができるのか、少し不安になった。


 聞いた後、俺は黙って頷いた。


 この男の発した罪滅ぼしという言葉に乗っかって、少しでも罪の意識から解放されたいと思った自分に腹が立った。


 ただの自己満足にしかならないかも知れない。


 それでも、やらないという選択肢は無かった。



「幸運を祈るよ、春山広大君。彼女を頼んだよ」  


 男の声を聞いたあと、急激な眠気に襲われる。


 そして俺はもう一度深い眠りに付いた。 

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