勇者のおまけ

集良

第1話 立ち合い

第1話 立ち合い


 俺は今、恐るべきことに丸腰で勇者と向かい合っている。


 ここは教会。上部の窓には華やかなステンドグラスが施され、柱にはそれぞれ、非常に精緻な彫刻が施されている。加工技術から俺たちを呼び出したこの世界の文化水準がかなり高いことをうかがわせる。目線と同じ高さの広く大きな窓はステンドグラスやカーテンで目隠しされておらず、俺が知っている向こうの教会とは異なる建築様式で建てられているようだ。その窓の向こうには


 その光景が、否が応でも今いるここが元いた日本ではなく異世界であることを主張しているようだった。


 この教会は、結構高いところに建てられているようで、太陽の下に石造りの街並みが広がっているのが一望できる。海外旅行にでも来ていてこの景色を見たなら映えるわーとかなんとか言いながら写真の一枚ぐらい撮りたくなるだろうが……。残念ながらそんな余裕はありそうになかった。


──勇者。世界を魔王の手から救うために他の世界から召喚されるそれはもうありがたーい存在なんだとか。召喚される際に神に会って加護を授かるから、普通の人間よりはるかに強い、らしい。


 詳しくはよくわからない。なんせ俺は勇者として召喚されたわけじゃないからだ。もちろん神なるモノにも会ってない。


 俺の名は花房衛。18歳、哀れな一般人だ。前例のないことらしい。らしいらしいばっかりで嫌になるな、実際。ステンドグラスの少し下から俺たちを見下ろしているこの世界の神サマに、文句の一つも言ってやりたい気分だ。彫刻だけど。


 周囲ではなんだかエラそうなおっさんとか高貴そうなお姫様的な人とか大臣的な人とか騎士とか、フードをかぶった小さな影とか総勢15名ほどで俺と勇者を見守っている。


「お互いに、準備はいいかね?」


 こちらに向かって声をかけてきたのは騎士団長のリチャード・某さんだ。鎧こそ着ておらず、白を基調とした礼服のようなものに身を包んではいるが、見ただけで分かる程度には鍛え上げられている。


 準備も何もいい訳ないでしょ……。何が悲しくて呼ばれてすぐさま戦わないといけないんだよ。こっちは状況すらちゃんと把握できてないってのに。だがまぁそんなことはもちろん斟酌してくれない。今のはどちらかというと勇者への確認だったろうしな。そして、勇者の方は緊張している様子はありながらも、確かに頷いて見せた。


「それでははじめ!」


 ああ、始まっちゃったよ。あー、やりたくねぇなぁ……。そもそも強いってわかってる人間と強いかどうかわかんない人間を戦わせて何の意味があるんだ?

とはいえ、ただボコボコにされるのは面白くない。それに、格上と組み手をすることには慣れている。


 目の前の勇者クン。瀧見漣13歳。中学2年になりたてのメガネクンだ。華奢で気弱そうで、どう見ても強そうには見えない。

木剣は持っているが、握り慣れていないことは明白だ。たぶん竹刀さえ握ったこともないだろう。武器を持っていながら丸腰の相手に自分から仕掛けないんだ、多分喧嘩もしたことがない。こっちの有利はそこだけだ。ならもう初手から搦め手で行くしかないか。


「そうそう、リチャードさんだっけ?ちょっと聞きたいんだけどさ、この勝負、決着はど────」


 あえて瀧見君から目をそらし、審判役の騎士団長リチャードに話しかけ、その途中で一気に距離をつぶす。右腕を木剣に押し付けさらに一歩。刃がない武器でラッキーだった、これで武器は使えない!中段鉤突きで肝臓に一撃!


「おいっ!?」


 リチャードさんがなんか言ってるが無視無視。弱者は頭を使わないとね。


「ぐっ!! こっ、このぉ! 汚っ!」


 マジかよ!? 瀧見が無理やり振りかぶる。右手で振りかぶった瀧見の右ひじを押し上げながら左手で右肩を押し込み、右足は弧を描くように外側へ。瀧見の腕が振り下ろされ──。


 ドガッ!!

なんだその音?! 下は石畳なんだぞ? そんな腰も入ってないただの振り下ろしでそんな音ならねぇだろうが! 当たってたらとんでもないことになってたぞあれ……。

 だがまだこっちが態勢有利だ、こちらに対して半身になっている瀧見の後ろ側に回り込むようにステップ。


「シッ!」


 中段足刀蹴り。完全に腎臓に入る。入るが、これは……。


「うぐっ!」


 瀧見は呻いて一瞬動きを止め、しかしそのまま振り下ろした木剣を振り回すように切り上げてくる! ほとんど倒れこむように身をそらしながらバックステップし躱す。


 グォンッ!!

 だから何なんだよその音は! 態勢崩しながら腕だけで振るだけでそんな人を殺せそうな威力出してんじゃないよ!

 転がり込むようにしながら距離を取り右手のひらを突き出す。もうこうなったら仕方ない。


「まいった!!」


 大けがしないうちにやめるのが一番。


「は?」


「いやもう、負け負け、俺の負け。だって瀧見君さぁ、効いてないじゃん」


 肝臓、腎臓に打撃食らったら普通『』奴は耐えられないんだよ。ということはそもそもこっちの攻撃は瀧見に全く有効なダメージを取れてないってことだ。


「ていうか、左手の小指、ヒビが入ったっぽいんだよね、服の上からでっかい金属の塊を殴ったみたいな感触だったよ、キミの体。どう考えてもまともじゃないし、攻撃だってそうだ。あんな姿勢で腕だけで振ってあんな風切り音するわけないんだよ」


「……」


「当たったら死んじゃうような攻撃を命懸けで避け続けながらダメージ通らない攻撃続けるほど不毛なことないだろ?」


「…………」


 全然納得してないなコイツ。どうしたもんか。つーか手が痛ぇ。


「まぁ、それでいいでしょ? リチャードさん」


「あ、ああ……それは構わないが。君から見て彼はどうだね?」


 うーん。これ言うべきなのかなー、リチャードだって見ててわかってるだろうに、なんで俺に言わせようとするんだ?


「あっ、あの!」


「へっ?」


「あの、左手の治癒をいたしますわ」


 お、そいつはありがたいな。えーっと、確かこの子は王女様だよな。名前は覚えてない。長いんだよ王族の名前。


「あー、ええと、お心遣い痛み入ります、オウジョサマ」


「クリスティーナですわ、親しい友人はクリス、と」


 いや、親しくないよな、どういうフリなんだこれ?周りはなんか殺気立ってきた感じするし、どう反応すりゃいいのよ?


「さ、作法がわかりませんので……」


「あら、異世界からいらっしゃったばかりですもの。王族へのマナーがなっていない!なんてお怒りになるのは傲慢ですわ。今ここにお集まりの方にそんな狭量な方がいらっしゃるなんて思いたくありませんの。さ、お手をこちらへ」


 大丈夫かな、周り囲んでるプライド高そうな騎士様にズンバラリンとやられないだろうな、とか思いながら手を差し伸べる。


「しょうがない子だな、クリスは」


 渋みと威厳に満ち溢れた声がする。


「お父様」


 おっと出たよ、あれが王ボスもとい、大ボスか。さてどうなることやら。


 この10分後、俺の左腕はちぎれ飛ぶことになる。

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