女役義務
楠樹 暖
女役(にょえき)
高校二年の二学期にもなると女を経験していない男子も少なくなってくる。僕もその一人だ。
クラスメイトの経験談を聞くたびに気分が悪くなる。女のどこがいいんだ。
「見て見てー! かわいいでしょ」
昨日までは男だったユウリがスカートを穿いて登校してきた。
「お前、あれほど女になるのを嫌がっていたのにノリノリじゃないか」
「昨日までは自分を隠してたの。本当は女の子になりたかったけどそう言いだすのが恥ずかしくて。実はゲームのアバターもずっと女の子にしてました」
この国では中学を卒業すると
性差を理解するには体験してみるのが一番いいという国の方針だ。
女役中は身体を女に改造され女として生活しなければならない。
期間は最低三か月。
制服もスカートを穿かなければならず、更衣室もトイレも女子用を使用しなければならない。
男女で分かれている授業ももちろん別々だ。男子の授業は女子に比べて体育の時間が多く、女子はその分家庭科の授業が割り当たっている。
「これでこのクラスで女役義務を済ませてないのはケイだけになったな」
親友のツトムは二年になって同じクラスになってからの付き合いだ。ツトムは一年のときに女役義務を済ませていたので、僕はその時の姿を知らない。
「僕は絶対嫌だ。男が女の格好するなんておかしいよ」
「相変わらず古い頭してるなぁ。大丈夫だって、誰も笑ったりしないから」
「それに女になったら男を好きになるんだろ? そんなのおかしいよ」
「俺は、去年は好きなヤツはいなかったからよく分からないけど、また女になっても好きな人は変わらないと思うな」
「私も女役前はかわいい女の子が好きで、今でもかわいい女の子が好きだよ」
「まぁ、ケイも早く体験すれば分かるって」
僕、カリヤ・ケイはまごうことなき男子である。父親から常に『男子たるもの』と聞かされ育てられたため女になることには激しい抵抗がある。
「スカートを穿いている姿を見られたら死ぬ」
「そういうヤツのために一時転校制度もあるらしいぜ。ケイも利用してみたら?」
「考えてみるよ」
一時間目、男子は体育、女子は家庭科で、ユウリは他の女子と一緒に家庭科室へと向かった。
女子も体育の授業はあるが、男子よりも少ない。男子だけの体育は主に学校の周りをランニングだ。なんで男子だけ走らされるのかはよく分からない。
体育が終わって着替えをし教室へ戻るとユウリがお菓子を持って待っていた。
「見て見て―、家庭科の授業でクッキー焼いたの。食べて食べてー」
ユウリのやつ、僕たちがヒイコラ言っている時に楽しそうにお菓子作りをしていたのか……。
体育の授業を減らせるだけでも女役のメリットはあるのかも。
一日の授業が終わり、帰宅前にツトムに言われた一時転校制度のことを調べてみた。女役中だけ転校し寮に入ることでクラスメイトに女子になっている姿を見られなくても済むようだ。
この辺りだと、サザン女学園高等部が一時転校を受け入れてくれるようだ。
僕は意を決して女役開始の申請と、一時転校の申請をした。
女役申請の受領と共に渡された女体化薬。肉体改造用のナノマシンである。
明日から女役開始。支給された女体化薬を飲み床に着く。
体内へと広がったナノマシンが一晩で身体を作り変える。
朝起きると女になっていた。
クラスメイトに見つからないように登校時間を避けて駅へと移動し町を出た。
サザン女学園高等部は女子校であり女子しかいない。
女子と話をしたことがない僕がうまくやっていけるかどうかは不安だったが、気さくに話しかけてくれる子がいて助かった。
彼女の名前はミドリさん。
ミドリさんは昼ご飯を僕と一緒にとってくれたり、休憩時間も話しかけてくれたりした。
ミドリさんとは二人でよく遊んだ。
でも、そんなミドリさんも一ヶ月ほどで転校してしまった。おそらくミドリさんも女役中の男子だったのだろう。
その頃には僕も他の女子と普通に話ができるまでにはなっていた。
そして二ヶ月が過ぎたある日曜日。その日は朝から気分が重かった。
親友のツトムから近くまで来ているから会えないかという連絡を受けた。
ただでさえ女の格好で町に出るのは抵抗があるのに今日は匂いも気になる。
予備は何枚必要なんだ?
軽く頭も痛いので頭痛薬を持って行かなくては。
ああ、めんどくさい。こんな時に来なくてもいいのに。
待ち合わせの場所には既にツトムは来ていた。
ツトムが座っていたベンチの横に腰を降ろす。
お尻が付く前に自分の左お尻から太ももにかけて左手を前に滑らせる。
ハッと気がついた。今日はスカートではなく、ズボンだったと。
「てっきりスカートで来るかと思ってたのに」
「制服以外で持ってないよ」
「穿けばいいのに。似合うぜ」
「いいんだよ! 僕はこれで!」
「できることはできるときにしておかないと後悔するぜ」
「なんだよ、そんなことを言うために僕を呼び出したのか」
「いや、まぁ、特に用事はないんだけど、久しぶりに話がしたくて……」
「用もないのに呼び出したのか! こっちはお腹が痛いっていうのに!」
「……あぁ、そうだったのか。ゴメン気づいてやれなくて」
「なんでせっかくの日曜日なのに朝からこんなにイライラさせられなくちゃならないんだよ。全部ツトムのせいだ。もう帰る」
「あ、ゴメン。ちょっと待って送るから」
「違う……」
なぜだか涙が出てきた。
「違うんだ。自分でも分かってはいるんだけど分からないんだ」
「分かるよ。俺もそうだった」
寮まで送ってもらい、ツトムはそのまま帰っていった。
その夜、布団の中でどうしてあんな態度をとってしまったのだろうという自己嫌悪感にさいなまれていた。
そういえばツトムは、本当は何か言いたいことがあったんじゃないだろうかという考えも浮かんできてよく眠れなかった。
そして数日後、あの戦争が始まった。
中学を卒業した男子には兵役が義務付けられ、身体能力の高い者から徴兵された。ツトムもその一人だった。
思えば、このあいだ会いに来た時には召集令状の赤紙が届いていたのだろう。
経済を優先するためにまだ社会に出ていない学生、生徒から徴兵された。
兵役は怪我や病気以外で拒否するための選択肢は一つだけ。女役である。
兵役は男子だけなので女子は徴兵されることはない。
ただし、その代わりに女役者には新たな義務が生まれた。
それは国力を維持するために子供を産むことだ。
独身男性が戦地へと赴く前に精子を採取し冷凍保存する。採取する精子は一人につき三回分。
戦死した場合はその精子を女役者へ着床させ子供を産ませる。
子孫を繋ぐことができると保証することで人は簡単に命を投げ出せる。
そもそも肉体改造ナノマシンは軍事用だったのだ。毎年の生産数を確保し生産工場を維持するため、女役義務を名目として予算をとっていたのだ。
体育の授業が男子だけ多いのも兵士の訓練課程を省略するためのものだった。
僕たちの気が付かないところで、僕たちが兵隊になるための準備は進んでいたのだ。
召集令状が届いた場合の選択肢は二つ。
一つは肉体改造ナノマシンを飲み、筋肉を増強して命を奪う兵士になるか。
もう一つは肉体改造ナノマシンを飲み、子宮を増設して命を産む女子になるか。
どちらにせよ肉体改造ナノマシンを飲まなければいけないことには変わりない。
男に戻るための男体化ナノマシンは兵士の筋肉増加用に転用されるため僕には回ってこない。
僕もそのうち女役者として戦死者の子供を産まなければならないのだ。
そして、当初の女役三か月を越えて半年が過ぎても僕は女のままだった。
そんな僕のところへ赤い封筒が届いた。
封を切ると中からは一枚の写真。ツトムの写真だった。
他には人工授精の案内と遺族からの手紙。
手紙にツトムは戦死したこと、遺言で冥婚の相手に僕を選んだことが書いてあった。
ツトムには好きな子がいたはずだ。
戦地に赴く前に告白はしなかったのだろうか?
それとも、死ぬかもしれない人から告白されても迷惑だと思って何も言わずに行ってしまったのだろうか?
その方がツトムっぽいな。
僕は国民の義務を果たすためツトムの精子が凍結されている病院へと向かった。
妊娠の確率を上げるための排卵誘発剤が功を奏したのか、お腹の赤ちゃんは双子だった。
サザン女学園高等部の生徒にもお腹の大きな子が増えてきた。
僕が思っているよりも女役者は多かったのかもしれない。
出産をしてそのまま学校へ戻ってこない子も多い。
僕もそうなるのかな? ちゃんと高校を卒業したかったな。
願わくはお腹の子たちが生まれて大きくなるころの未来の学校では、もっと自由に学校生活が送れますように。
(了)
女役義務 楠樹 暖 @kusunokidan
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