14.5
「……ったく。おもしれぇやつだったってのに……」
馬車の中で独りごちる友人を見れば、口調が乱れていることも気にせず笑っていた。……何が面白いのか理解できないのだが、それは自分が馬鹿だからなのか、それともこの友の頭のネジが五本ほど落ちているからか。どちらにせよ、自分にとってはこれっっぽっちも面白くない。
「グレン、いい加減に報告をしてくれないか。俺が忙しいことは分かっているだろう?」
「ああ。お前も国外追放だろうからなぁ。ヴィクトリア嬢は陛下が自ら義娘にすることを望まれた人物だし、妃殿下も可愛がっている」
「……無駄話をする為に、わざわざ時間を取った訳では無い」
「まあ待て。面白くて笑いたくて堪らなくなる話ならある」
「……真面目な話なら聞いてやる」
フンと鼻を鳴らしても、友人――グレンは飄々とした顔で気にも止めない。今だって書類仕事が溜まり過ぎて忙しいというのに、報告を聞きたかったからわざわざ時間を取ったのだ。だというのに、此奴はくだらない話をしようとしてくる。……面倒くさくて仕方がない。
「……ギル、十二年前からその気持ちは変わらないのだろう? 自分の地位を捨てて、その上婚約者に嫌われようとする。どう考えたって、そりゃあ馬鹿だ」
「そうだ、俺は馬鹿だ。婚約者を不幸にすることしかできないから、敢えて近づかない」
婚約者――スカーレット=ローズは、自分の手元から去って行った。そして、自分が突き放した。そもそもこの腕で留めるなど無理な話であったのだ。才に溢れた彼女は異常なまでにに感情がなく、誰よりも秀でている。
彼女が感情を押し殺し始めたのは、それこそ本当に小さな小さな頃だった。少女にも満たない年の頃に婚約者として顔を合わせられ、公爵令嬢として欠片も笑顔を見せなかった。感情の代わりに雰囲気を感じようとして、それすら全くないと気づいたのはいつだったか。……十六歳の今でも、見たためしがない。エスコートをしても動じないし、婚約破棄をしても驚きもしない。
何をしたら笑うのか気になり、こっそりプレゼントを送ったこともあった。受け取りつつ、僅かな動揺を見れたことをよく覚えている。身に纏う雰囲気がほんの少しだけ揺れ、珍しく饒舌だった。喜んでいた時は、大事な大事な弟だというメレディス・オスカー・ルウェリンの話をするのが癖らしい。冷静で『完璧人形』と言われる程の異質さは何も無い、ただの少女が彼女の本質かもしれないと思い始めた。
――ただ、そんな彼女が一瞬で顔を青くした出来事があった。泣きはしなくとも歯を食いしばって目元に涙を溜め、倒れだしそうな程全身を震わせていた。いつもなら決して触らせない自分に抱えられた彼女は、目を話せば勝手に死にそうな程弱く見えて――
「――おい、時間ないんじゃなかったのか?」
「っ! ああ。できるだけ手短に、尚且つ詳細だと助かる」
「……ご命令通り、カタルシス教会までヴィクトリア嬢をお送りしました。道中も特に異常はなかったのですが……やはりその異名通り剣術も優秀でした」
「おい待て何をさせている?」
「相当体力がないからかすぐに寝ていましたが、魘されていたようですね。まあ大丈夫でしょう」
「どこがだ!?」
駄目だ、この友人に報告なんて無理だ。そう言いたくなる衝動をこらえて、取り敢えず頭を引っ張叩く。
「いってぇ……! ――おっと失礼しました殿下」
「……別にいい。だが、まだ何かあるんだろう? さっさと洗いざらい話せ」
「ああ! そう言えばありましたよ、ええ」
だから頭を殴ろうとするのはやめろ、と言外で器用に伝えてくる。そして、『メレディス・オスカー・ルウェリンの補佐を頼みたい』というヴィクトリアの願いを聞き、相変わらずの姉馬鹿ぶりに呆れることとなった。
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