13


 フィーナの可愛さにでれでれしていると、ふと疑問を覚えた。


「ところでフィーナ。どうしてこんな所にいるの?」

「……相変わらずマイペースだよね。別にいいけど……あのね、クラーヴディヤ様にお客様が来てるの」


 いっつも修道女服着てるけど月一で来るんだよ、と付け足された。本来なら仕事をしていなければならないのに、フィーナはここでお喋りしていていいのだろうか、と思ったけれど。

 どうやらそのには、人払いしなければならない事情があるらしい。王侯貴族か何かか……と予想してしまうけれど、詮索などしてはいけない。絶対に、面倒事に巻き込まれる予感しかしないのだ。

 否応無しに目立たされるのは、もう懲り懲りだと令嬢時代から思っていた。だからこそ、下手に首を突っ込んで『スカーレット=ローズ』として再び表舞台に立つ恐れのある行動は、慎むべきだろう。


 ――私が求めた自由は、何かに縛られないよう、生きていくこと。

 王太子の婚約者? 悪役令嬢? そんなこと、やっていられない。平民として何にも縛られず生きていくのだ。


 あの時の私は、確かにそう誓った。きっと世界を掌で転がせることぐらい簡単だ、と言ったのと同じぐらいの影響があるというのに。

 舗装された道を外れ、砂利道を歩こうと言ったけれど、実際は鋭利な刃物の切っ先を渡るようなものだった。必ずしも自分の望んだ結果通りという訳でもなく、悔しさで歯軋りしそうになったこともあった。

 それでも悪いことばかりではなくて、嬉しいことの一つがメレディスの存在である。今だって私に大きく影響を与えている。



 ――過去に囚われすぎるのはよくない。過去の行動がどんな結果をもたらすのかなんて、考えるだけ無駄だ。


 ……そう分かっているのに。思考を止めようとしない自分が阿呆らしく感じる。


「ヴィーナ、お客様が帰るまでに、水浴びしてこない?」

「……え、そんなことしていいのかしら?」

「だって、何にもすることないんだもん」


 そう言ってフィーナは頬をぷッと膨らませた。まあ、私も入りたいかと聞かれれば、入りたい。身嗜みを整え清潔にするのは、令嬢としての鉄則だ。

 とは言っても昔からの習慣だからという訳でもなく、ただ単に好きだったからだけど。でも、今はが来ているのだから、あまり教会内をうろちょろできない。


「暇なのね。わたくしが遊んであげるから、待てるでしょう?」

「今しか水浴びできないけど……折角私は隠し通路まで見つけたのに入らないんだー」

「よし今すぐ行きましょう」


 対策がばっちりなのに、みすみすその機会を逃すなんて真似はしない。いくら室内とはいえ、体は汚れている。折角だから、きちんと洗っておきたいのだ。……思わず挑発に乗ってしまった感じだけど。


 色好い返事に満足しているらしいフィーナは、にんまりと笑った。


「そうだよね、清潔がいいよね? じゃ、今すぐ行ってこよう!」

「ま、待ってフィーナ! 本当に今でいいのかしら?」

「逆に今しか行けないし。それに、がいらっしゃる部屋は避けて行くから、絶対にバレないよ」


 自信たっぷりのフィーナはそう言った。過信するのは良くないが、何だか大丈夫だと言うのなら信じていい気がする。水浴びも素早く終わらせれば、バレないと思う。……多分。


「私に着いてきてねー」

「…………ええ」






 ――水浴びと言うのだから、てっきり小さな場所なのかと思っていたら、全然そんなことは無かった。寧ろ、二人が入っても余裕な広さであった。


「あ、もしかしてヴィーナはこんな場所で水浴びとか、慣れてないの?」

「……まあ、そうね」


 何分令嬢であった頃は、滅多に外へ出して貰えないし。事故が起こる恐れのある場所は、避けていたのだと思う。


 ――というか、すぐ近くに小川が流れているなんて知らなかった。部屋の窓からも見えなかったから、当然なのだが。

 フィーナはちゃっかり洗濯物を持って来ていた。運ぶのなら手伝うと言うと、「着く前にへろへろになってる人に任せられない」と言われてしまった。確かにそうなのだけれど、少し……かなり悲しいなぁと思ってしまう。


「ここの川は、昔の王様から『キリル川』って呼ばれてるの」

「キリル王はどんな人だったのかしらね。川の名前になるぐらいだもの、嘸や賢王だったのでしょう」

「……とんでもない色狂いで、千日で千人の愛妾を相手にしたって、聞いてる」

「…………ああ、そうなのね」


 到底川の名前に付けられるべきではないだろう。どういう反応をしたらいいのかわからない。

 ……一体何故、国民は『ある意味伝説的』な国王の名を付けたのだ。

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