4 別れに悔いを残すのは嫌です


 思っていたよりも激昂することは無かったが、相当お怒りのようだ。お父様は即日勘当を決意したらしく、私の追放先である教会を選ぶのに忙しそうだった。が、陛下への報告で悩んでいただけだった。割と直ぐに決まり、隣国の国教であるメシア教の最底辺ランクの教会、カタルシス教会が選ばれたとのこと。

 隣国スラーヴァはユーリヤ王妃殿下の祖国であり、当然(元)婚約者の王子殿下とも関わりが深い。追放先に選んだのは殿下だというので、ツテを辿って前々から計画していたのかもしれない。何だか小憎たらしく思うが、私も利用していたのだからお互い様だろう。



「――あ、姉上様!」

「……メル? 一体どうしたの?」


 つい先ほど会ったばかりだけれど、メレディスが扉の前で待っていた。少し前とは違い、汗を流していてとても焦って来たのだとわかる。


「出迎えもできず申し訳ないとは思うのですが……」

「ごめんなさいね、メル。少し急いでいるから、手短にできるかしら?」

「は、はいっ!」


 こちらはメレディス・・・・・ではなく、メル・・だろう。メレディスは八歳と年相応に幼気な男の子で、メルは騎士を目指している女の子だ。どちらも可愛い私の弟妹であり、愛すべきぽんこつ要素もある。




 ――ぽんこつの騎士志望?


 額に汗が伝う。……もしやしなくとも、ファンディスクでいた攻略対象の一人がメルではないだろうか。というか、確実にそうだ。

 メレディスは悪役令嬢スカーレット=ローズが処刑された後、平民落ちとなる。そして、ノーマルエンドで誰とも結ばれていないヒロインと出会う。次第にヒロインに惹かれていくのに彼女は伯爵家の娘という、身分差の恋が大好評だった。ジレンマに陥りながらも、騎士となり功績を立てるのがメレディスルートのストーリーだ。小さい頃からの鍛錬の積み重ねにより、将軍並の功績を見せて帰って来る。ヒロインに功績として伯爵に叙爵されたことを伝え、求婚する。

 なんともまあベタな展開だが、スチル集めの為にこぞってプレイしていた人が多かったらしい。私が余りよく覚えていないのは、金欠……だったのかは忘れたが、ファンディスクを殆どプレイしていないからだ。細かい内容は全く覚えてないし、昔から一緒にいても気づかなかった。


 そういえば、ゲームでのメレディスは姉を毛嫌いしていた。今は凄く懐いてくれているし、そもそも二重人格と根本的に違うのだが。

 メレディスとメルで呼び分けているのは、どうしてもゲームメレディスと混同してしまうからなのかもしれない。あの冷たい瞳で、私を見てしまうのではと思うと、恐ろしくて堪らない。これまでは処刑と婚約破棄の境目ギリギリを渡って来る、命懸けの作業だった。死なないとわかった途端に心の緩みができて、前よりくだらないことで悩んでしまう。

 メレディスも私を捨ててしまうのではないかって。それこそ、この子に対する最たる侮辱だったのに。ずっと私の唯一の味方でいてくれた、メレディスに対して酷いことをしようとしていた。考えただけで震えがしそうだ。



「――姉上様?」

「っ!? ……少し、疲れていたの。平気よ、心配しないで頂戴」

「……姉上様が、そういうのなら」

「うん、それでいいわ。……そういえば、何だったかしら?」


 私の言葉に渋々頷くメルに、何処と無く申し訳なさを感じる。

 メレディスでもメルでも、将来ルウェリン公爵として申し分ない才覚を表すだろう、絶対に。間違いないのだが……やはり、世間の目を気にしてしまうことがある筈だ。『一体なぜ、周りは好奇の目で見てくるのか』、と。

 それはきっと私のせいで、その風評被害によってメレディスはきっと傷つく。私にとって耐えられないことのトップスリーに入るのは、間違いなかった。

 私を気に入って息子と婚約させるぐらいだから、陛下が自分の不在中の事態に怒るのは目に見えている。お父様は何らかの処分を受ける可能性が高く、殿下は必ず王位継承権を剥奪される。私や殿下の意思が云々よりも、気に入ったものを手中に収めることを優先した陛下だ。ブチ切れていてもおかしくないのだと思う。こちらとしては私の代わりに報復をしてくださるのよりも、メレディスの保護を優先して欲しかった。

 だが、やんごとなきお方の意思に逆らうのは、基本最小限でありたい。婚約破棄の場の私は、不敬罪スレスレだった気がする。……結果、殿下の不評を買っていたのかは知らないが、国外追放となった訳だけど。



「もしかして、お父様にお話があるの?」

「……いえ、父上になど話はありません。姉上様が婚約破棄され、勘当されたと聞きましたが……」

「ええ、事実よ。……一応、発言に気をつけると良いと思うけれど」


 緊急事態と察したのか、声も上擦り早口気味だ。もしも私がいなくなれば、より苦しい環境になるだろう。素直に感情を出すのも良いけれど、周りの目を気にしなければならない。なんて言えば、お父様を貶めていると思われること間違いないのだ。


「――あ、そうでしたね。って、違います! 姉上様はこれからどうなるのですか!?」

「どうって、平民になるに決まってるでしょう?」

「な……で、ですが……」

「メル、わたくしの望みはただ一つよ。貴方がわたくしを忘れないで、恨んでいないで……幸せに、生きていてくれれば、何だっていいの」

「……姉上様」

「勿論、会える機会があれば、会いに行くつもりだわ」

「姉上様」

「きっと貴方はわたくしのせいで苦しむことがあるだろうけれど、我慢だけしているのは駄目よ」

「――少し、話を聞いてください」


 自分の思いを少しだけ吐露すると、メレディスに止められた。思わず目を瞬かせて、心を落ち着かせる。


「姉上様が此度の婚約に、諸手を挙げて賛成していた訳では無いと分かっています。勿論殿下も、乗り気ではなかったと存じています」

「……そう、ねぇ……」

「だからといって、自暴自棄にはならないでください。自分の命を粗末にするのは、もっと駄目です」

「元より、そのつもりだわ」

「……全然分かってないじゃないですか。僕が嫌がることは、姉上様が、嫌なことですからね!」


 ちょっとだけ不貞腐れたようなメレディスに、意外さを感じる。強くて騎士を目指しているメルは、いつも余裕そうな笑みを浮かべていた。でも、今は頬をふくらませて子供らしい顔。


 ――年相応で大人びていない、等身大の子供。きっとこの子が無意識の内に感情を抑えて、必死で大人らしくしていたのだろう。……まだ八歳で、自分の背よりも高い物を背負って、それでも懸命に生きている。



「……っ!?」

「あのね、メレディス……わたくしは、もういなくなるわ。けれど、貴方が生きていることが、わたくしの希望。この別れは必要なことで、引き摺り続ける必要は無いってことを、覚えていて頂戴ね」

「……はい、勿論です」


 ギュッと抱きしめ、涙を堪えながら言葉を告げる。この小さな背丈に、どれほどの責任が背負わされているのだろうか。私にあった前世の記憶など、ちっぽけなほどに。








 ――その日、一台の馬車がルウェリン公爵家から出発した。目的地は隣国スラーヴァのカタルシス教会。王子に婚約破棄された、元公爵令嬢の乗るみすぼらしい馬車。『完璧人形』と呼ばれた少女は、馬車の中ですら顔を崩さなかった。不安げな雰囲気すら醸し出さず、周りは訝しんでいたという。

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