第29話 悪魔
とある31番
「あ、悪魔だ.....は...はははは」
守備の鴻巣田SCと言われている俺らが...どうして......10点も取られてるんだよ!!
最初はヘラヘラしている気に入らない奴らだと思っていた。
なんで俺様のチームが三回戦まで免除されないで、あのチビがいる浦和が偉そうに観戦できるんだと。
しかし円陣を組みあの黒髪の悪魔が声出しをした瞬間チームの雰囲気が一変。
鋭く冷たい視線。こちらの全てを見極めるような面構えに跪きたくなるような圧。
勘違いだ、俺様がビビるなんてありえないと頭を振り雑念を消す。だがキックオフ直後から全てが違っていた。
俺らの世代では見たことのない洗練されたパス回し。
今までの対戦相手は俺らの積極的なボールチャレンジに慌てて、パスミスをするパターンが多かった。
驚異的な判断力と精神力で俺らのプレッシャーに全く動揺しない。
冷静に流れるように彼らの陣地をボールが巡った。
そしてボールが主人の元に戻るかのようにあの忌々しい10番の足元にピタリと収まる。
ここから俺ら鴻巣田SCの地獄が始まった。
守備が自慢のチームで、守りこそがサッカーの命とも明言する監督の下で徹底的に鍛え上げた鉄壁が....
恐ろしい速さで包囲網を紙のように破り、切り刻み、割いてくる一個人。
何人も彼にマークを割いても突破され、立て続けに点を取られた。
これはまずいと思い監督に助けを求めたが、視線を向けると腰を抜かして驚いていた。
いつもの頼れる姿はどこにもない。
鴻巣田の積み上げてきた守備力と俺の攻撃力があれば全国も夢ではないって言ってたじゃんか!
また来る....!あいつが!
あの化け物は自分の限界を試すかのように次々と違う技を繰り出して、まるで俺らはモルモットのようにされるがまま。
信じられない程整った容姿からは想像つかない歪んだ笑顔を浮かべながら次々と俺らDFの尊厳を踏みにじるような屈辱的なドリブルを繰り出す。まるで悪魔の.....。
「ひぃ......」
怖い。俺が怯んだと分かったのか、早業でボールを何処かに通す。視界から消えたと思ったら既に後ろに移動している。
なにがどうなってるんだ。股抜き.... なのか?
そして一人でチームを破壊し尽くしたあの意味分からないキック。なんなんだよ。
後半は特に舐め腐ったプレイをしやがって。くそ!
また1点、合計11点も取られた。
なんなんだよ!おかしいだろ!
なんでキックオフは俺らなのに。
なんで!!なんで!もうゴールしてんだよ!
もう何が....起こってるんだ....
「くそっ...さっきのことは....謝るから..もう...許してくれよ」
誰か助けてくれ。もう....サッカーやだ....よ。
ピっ!
試合が終わった、GKは崩れ落ちて泣いている。誰もが体験したくない悪夢だろう。自分が守っているゴールを11回も無慈悲に破られる。
「やっと....終わった」
二宮.....ケイ.......
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
埼玉県 二宮家
初戦を終えて1ヶ月が経とうとしている。予選を勝ち上がり、今は関東区決勝戦の前夜である。
「ケイ、明日関東地区の決勝戦なんでしょ?今まで見にいけないくてごめんね、今の所お父さんの容態も安定してるから東京バイエンFCとの試合見に行けるかも」
「え!本当に?でもあまり無理しないでお母さん。お父さんの看病で疲れてるでしょ」
「何言ってるの。息子の晴れ舞台に行きたくない親がどこにいるのですか」
「そっか.....うん、ありがとう。....お父さん最近食べられてる?」
「...食べられてるわよ!ケイは何も心配しなくていいからね。お父さんなら元気よ。明日の試合に見に行きたいですって」
「お父さんも来れるの!?」
「お医者さんの許可は貰ってるわ、ダメだと言われたって見に行くでしょうね」
「お父さん...流石にそれはまずいでしょ」
「ふふふふふ、本当にあの人は昔からこういうところは頑固なのよ」
「へーお父さんが。受け継がれなくてよかったー」
「はあ......何言ってるのよ。そっくりじゃない」
「え!」
「お兄ちゃん頑固者ー」
「ワタル....な、なに」
「お兄ちゃんは頑固者でしゅ」
「この......裏切ったなぁ!こちょこちょの刑だ!」
「ぎゃぁぁぁぁーーー」
兄の威厳を取り戻してやる!
ちなみに、その後の浦和の戦績だが順調にトーナメントを勝ち上がっている。全て快勝だ。
本当にありがたいことに現時点で個人タイトルを貰えるのは確定らしい。
「ふふふふふっふ、はっはははは!」
その事実を思い出すたびに自然と表情が崩れてしまう。どうやらポーカーフェイスの習得にはまだまだ時間がかかるみたいだ。
「お兄ちゃん笑ってるー!僕も笑うー!ハハッハハハハ」
今日も我が弟はかわいいな。最高の家族だ。
タイトルの話だが初戦のダブルハットトリック以降、全ての試合で3点以上相手チームから奪っている。
新人戦史上他のものの追随を許さないくらいのゴール数を更新してしまった。
【歴代得点王】
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1位 二宮ケイ/浦和ジュニア/56ゴール/4年生
2位 加藤優作/湘南仁FC/21ゴール/6年生
3位 馬場浩介/所沢南SC/20ゴール/6年生
4位 齋藤光輝/静岡土SC/19ゴール/6年生
5位 大谷純也/八王子覇SC/14ゴール/6年生
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すでにダブルスコア以上の成績。いや、あの、今まで試合に出れなかった分あまりにも点を取るのが楽しくて....
自重はしません。
まだ新人戦の歴史は浅いが、4年生で得点王を獲るのは初めてのことらしい。
確定ではないが、今から俺以上の点を取れる人がいないことを祈る。
得点王に俺はなる!....これはみんなの前で言わない方がいいな。凍り付いてしまう。
さて寝る前にしっかり座禅をして、明日の準備をしなくてはな。
相手は東京の王者、東京バイエンFC。お互い全国大会の切符は手にしているので、まあ消化試合に近い。
関東区は3チーム全国に行けるからだ。
それでも一番の激戦区である関東の王者を決める戦いになる。
全国大会が開催されるのは予選が終わった3週間後で疲労も完全に取れるため、相手も全力で来るだろ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
東京アリーナ 新人戦 関東区 決勝戦
『さて歴史的な一戦が間も無く始まろうとしています!関東区少年サッカー新人戦、決勝戦です!司会を務めさせていただく酒井と申します!また本日はゲストとして少年サッカージャパンの加藤さんにお越しにいただきました』
『加藤です。お招きいただきありがとうございます』
『いよいよ決勝ですね。第26回新人戦。少年サッカーでは異例のファンが集まりました!見てください!空席が全くありません!全ての席を埋め尽くす観客!』
『はい。長らくU12とU15の試合を取材していますが、彼らの国際試合ですらここまでの客数は見たことありません』
『仰る通りです!やはり注目の神童二宮選手に注目が集まったからでしょうか』
『そうでしょうね。全試合で最低ハットトリックを決めている二宮ケイ選手。怪物の一言ですね』
『怪物ですか?確かに既に得点王確定の成績を叩き出していますが、怪物と称する理由はなんでしょうか』
『はい。まだ9歳にも関わらずプレイの全てに置いて圧倒的な研鑽の跡が見て取れます。この歳でここまでの基礎技術を持つのはサッカーに全て捧げたとしても不可能です。血の滲むよう努力をした鬼才ですね』
『なるほど。突如として現れた日本の神童、鬼才の二宮ケイ!果たして今日はどのようなパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか?!』
『私もここまでワクワクするのは何年振りでしょうか。また東京バイエンFCはどのような対策をしているのか興味がつきません』
『おっ!浦和ボールで試合がスタートするみたいですね!SNSでも話題を呼んでいる元格闘美少年はまた一つの伝説を残すのでしょうか!?ハットトリック記録はどこまで続くのか期待が高まります!!』
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