ログ:朋然ノ巫女(7)

「あのなエリサ、これはそんな軽い話じゃないんだよ。俺達の命を彼らに貸し出すかどうかの契約だ、俺達の命はそんなに軽いか?」

「それは違う。命は誰にとっても同じ重み。彼が言うように、私達はよそ者に過ぎない。けれど彼らは飢えて村に迷い込んだ私達を自らよりも大事に思い、裕福な暮らしでないはずなのに手厚くもてなしてくれた。アオキ村のベニカブは美味しかった」

 エリサは知っている。あの種の根菜は土を選ぶ。並の手入れで高品質に育てるのは不可能だ。

「そればかりか、私達は飢えたまま雨に降られて土砂の底に沈んでいた可能性すらありえた。アオキ村に迎え入れられたことは、私達の命を救ってもらったも同然」

 エリサは抜け目なく見ていた。アオキ村の民の顔を。外敵に怯懦の心があるものの心根はとても暖かな物だと。そして各人が己の信念を棄てずに生きている。久しぶりに人間と触れた気がした。

「私はアオキ村につく」

「ちょ、エリサ!?」

「私は、アオキ村につく」

「……衣食住の約束、必要物資の提供、それから俺達の背後を狙わない、これでいいか」

 ゲイツが頭を掻きながら鉄平に言うと頭を下げられた。契約が締結した。

「斬りたければ斬れだなんて俺達を野蛮や機械みたいに言わないでおくれよ。あなたと同じ血の通う人間だ、こちらこそ対等イーブンの関係でよろしくな」

「ああ。俺も今日で侍従のお役御免なんだ。お前達に背後を頼んで、俺は道師に専念したい」

「朋然ノ巫女は今どこに?」

「ああ、紗也様はあそこにおられる。お前達も見てやってくれ」

 不意に不幸の匂いがした。鉄平が地下室の外に誘う。階段を上る音が嫌に響いた。地上に出ると鉄平は小屋よりさらに上の方。山から伸びる櫓を指した。

「あそこだ」

 鉄平の指さす先に櫓があって台座の上に白い衣を纏った紗也がいた。

 その両手足には、杭が突き立っていた。

「なっ……!」

 はり付けられた体に力はこもっていない。すでに死んでいる。

「儀式は明日のはずじゃ!」

「そう、紗也が死ぬのは明日のはずだった。だが、仕方がなかった」

 鉄平がエリサの目を見た。

「紗也は色々と知りすぎた」

「……昨夜のことを知っていたのね。紗也が未練を感じないよう、あなたと村の人々は紗也に外の世界を教えなかった。だから私達を嫌っていた。だけど紗也が知ってしまったなら先に殺した方が早い。そういうことね」

「おいおい、物騒な言い方はやめろ。紗也を殺したのは俺じゃない。前倒しを提案したのは、紗也自身だ」

「えっ」

「明日の夜は空が乱れる。村のためにも今日が良い、紗也の口から確かにきいたんだ」

「まさかそんな」

「お前の言う通り、俺はお前達を村の者に……いや、紗也に害なす者として憎んでいた。お前達が紗也に外の世界の話をしたとき、本気でお前達を殺そうとも考えた。何も知らずに死ねた方が、あいつにとって幸せだったからだ」

「あなたは外の世界を紗也に語らなかった。彼女の運命を知っていたから」

「その通りだ」

「ならばなぜ私達に引き合わせたの。あなたなら止められた……迷いが出たのね」

「それを聞いてどうする」

「本当は殺したくない、もっと外の世界を教えてあげたい、一緒に世界を旅したい、そう思っていた」

「無理な話だ」

「何故」

「見て来ただろう、このジプスの在り方を」

 鉄平は目に力を込めた。

「朋然ノ巫女がいる限り自分達は安全だと、誰もがそう信じている。お前達も旅人ならわかるはずだ。この世界に安全な場所なんて無いんだと」

 鉄平は櫓に晒される紗也の死体を指さした。

「生まれた瞬間ときから捕食者の牙に晒されて生きている俺達には、心を預けられる存在が必要だった。死にたくない俺達の代わりに喜んで死んでくれる存在がジプスの正気を保っていたんだ」

 鉄平は続ける。

「だが、あいつは言ったんだ。私の命より、村の命を尊びなさいって。一切、悲しい顔せず微笑んだままで」

 深い皺の走った眉間を下に向けて鉄平は胸を抑えた。

「どいつもこいつも。心さえ、なかったなら……」

 沈黙が挿し込まれる。エリサは察した。

 鉄平は紗也を愛している。

 理屈で固め上げねば決壊しかねない感情を胸中に抱え、なおもジプスの未来を考えている。その痛みを考えれば、感情のやり場を外敵への憎悪にすり替えていたことも、推し量られよう。

「鉄平さんは一人で闘ってきたんだね。集落の命と彼女の命を天秤にかけながら」

「もはや御倶離毘ですべてが清算される。今夜、終わらせる。すべてをだ」

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