ログ:平穏を護る者(4)

「大丈夫。有性生物の雄としては健全よ」

「……あんた、本当にすごいね」

「そうかな」

「村の仕事をすぐ手伝えるくらい器用だし、ウチが知らない言葉だって沢山知ってる。腕っぷしも強い。なのにどこか抜けてる」

「それは褒めてるの?」

「ふふ、ウチはあんたを気に入ってるよ」

 膝を隣に寄せてきて娘はエリサの目を覗き込んできた。

「惚れ惚れする……すっごい美人さんだ」

 エリサの青い髪を、娘は愛おしそうに手に取って口をつけた。

「いい匂いもする」

 匂いを嗅がれている。娘は頰を紅潮させた。

(な、なんだ……この娘は何を考えているんだ……?)

 困惑のエリサは突然のことに身を動かせない。髪を口に含んだまま娘はさらに顔を近づけてきた。自分の息が娘の日焼けした額にかかっているのを感じる。

「ふふ、くすぐったい。あんたもそこそこ飲んでるね?」

 嬉しそうに笑う娘は悪戯っぽい表情を浮かべた。

「ねぇ、あの男とはやってるの」

「何を……?」

 娘とエリサの頰が触れ合う。柔らかい感触を得るとエリサは耳元で囁かれた。

「契り」

「ありえないっ」

 エリサが飛び退くと娘は大口開けて哄笑した。

「なははっ驚きすぎやろ、冗談冗談! でも好い男じゃないか、慣れてそうだよ?」

 酒の匂いがする吐息。この娘も酔っ払いか。エリサはムスッとして言い返す。

「私とゲイツは、師弟関係なの」

 その一言で娘の顔は色を変えた。

「師弟関係。なにそれ、どっちが師匠なん?」

「ゲイツが師匠で、私は弟子で教わる方」

 娘は目を大きくして首を傾げた。

「教わるって何を教わってるの」

「世間の常識と対人関係のこなし方」

「間違いないね」

 娘はそう言うと声をあげて笑った。そこまで笑わなくてもいいじゃないか。

「まぁ、そんなしかめ面しないで美人ちゃん。しかし何故そんな関係になったん?」

 憮然としながらも答えてやるくらいはする。

「街中で暴漢に襲われていたゲイツを私が助けたの。そうしたら恩返しに世間の渡り方を教えてくれると言って、ずっと一緒に旅をしている」

「普通助ける方が逆な気がするけど、あんた達ならありえそうやね」

 さっきから不本意なことばかり言われてる気がするのは何故だろう。……けれども実際に起こってきた事実なのだから怒りようがない。エリサの表情を見て察したのか、娘はなだめるように言った。

「鉄平と紗也様もだけど、あんた達もハタから見れば良い二人だよ。夫婦ってのは良いもんばい」

 男女のつがいを夫婦と呼ぶには特殊な楔が必要になる。エリサはまだ感じた事はないが、紗也達にはあるのだろうか。

「あなたは吾作さんを愛してるの?」

「うん、愛してる。だからこの子は大事な宝物なんだ」

 娘は膨らんだ腹をさすりながら微笑んだ。契りを結んだ二人の生きた証なのだという。

 肌を潤す霧空を仰ぎ見る。

「これなら明日は晴れそう。祭りもできるね」

「お祭りって、どんなことをするの?」

「紗也様がお務めを果たされるとよ」

「お務め?」

「朋然ノ巫女様が代々受け継いできたお役目。旅立ちの前夜、ジプスが住み着いてきた土地の神に感謝の印として、巫女様を供物に捧げるん」

「供物に捧げる?」

 不自然な言葉の並びに違和を覚えた。自分なりの解釈を試みたがその結果として信じがたい答えが出たために二の句を継ぐまで間が空いた。

 エリサは絶句していた。

「彼女は、生贄だってこと?」

「うん」と、さも差支えない顔をしながら娘は返事した。

「一つの命として自然に還られて、ジプスの繁栄を空の神と誓ってくださる」

 今日、人々が村の中央に大きな祭壇と柱を設けているのを思い出した。天高く突き上げられた木柱は民家の高さをゆうに超えた。

「お祭り二日目の昼正午に、御倶離毘おくりびといって巫女様のお身体を掲げた御柱みはしらを焚き上げるの。代々のジプスは新天地に移るたびにそうしてきたらしくって、先代巫女様の御倶離毘はとても見事だったって」

「そう……」

「村の皆はワクワクしてる、紗也様はその日のために生きてこられたんだから。盛大にお祝いね」

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