ログ:村人のもてなし(5)
「だから君は話を最短距離でぶち抜きすぎなんだよ、エリサ」
「意思の伝達は簡潔にすべきだとゲイツが言っていたじゃないか。回りくどいから村人に怪しまれて殺されそうになった」
「いやまあ、そうなんですけどね? 君に愛想つう
「泣いて助けを求めた男がよく言う」
庵の突上げ窓から見える雨にこぼす溜め息。昼に振り出した雨脚は車軸を落とすがごとく次第に勢いづいてきた。
旅装は解いている。この状況では村を見て回るのは億劫というものだ。
夕餉まで時はある。手慰みにゲイツと雑な談話を片手間に広げた装備を手入れしていた。昼も馳走をたっぷりと食べたし動かなければ夜を頂くのは厳しいかもしれない。
部屋は草を編んだ板状の敷物が床に延べられている。さほど広さはないが旅人二人が荷物を広げてもくつろげるだけの空間は残った。
隅で鉄工具の整備を終えたゲイツは額から保護眼鏡を取って磨きだす。
「幽閉だなんて言っちゃ駄目だぞ」
自分の事ではないか。エリサは言った。
「穏便に済ませたいならむやみに現地人を刺激しない」
「山が離しません。天に人は抗えません、ねえ」
ゲイツは唇を尖らせる。
「私はあの司祭者……紗也が私達をここに留めたがった理由が気になっている」
「俺の話が面白過ぎたから」
「自分以外の存在を心に宿しているみたい」
「無視かよ」
窓から降る雨を見ながら考える。胸中に想起されるのは、やはりあの目。
「……スピリチュアルパワーがうおー、みたいな感じだしな。どうも怪しんじまうのは当然だ。けどまぁ食事と寝床をくれたんだ、仮の宿には悪くはない。エリサは何が不服なんだい?」
問われても容易に答えられない。あの少女に対して拭い難い不安を覚えたのは直感的に得た感想に過ぎず推察ですらない。ぼんやりと黒いしみが漂っている気がしていたのだ。まるで純真な白さに暗雲がにじんでいるようで。
――想像の外から、こちらを見つめているようで。
「雨が上がったら早くこの村を出よう」
「そらそうさな。山の向こうで俺達の恋人が待ってんだから」
雷が近くで鳴った。雨雲は分厚く空に垂れこめアオキ村の木々を鈍色に染めあげている。
雨の閉じ込めた陽光が衰えを見せた頃一人の老婆が庵を訪ねてきた。
「アオキの空気は気に入りましたかえ、異郷の方々」
白の貫頭衣に羽織をかぶせただけの肢体は枯れ枝に白い布が巻き付いているようだと思った。節回しの訛りがきつく視線は観察されてるようで気持ちの良いものではない。
老婆はモトリと名乗った。紗也の侍従らしい。
「ご用命とあればなんなりと」
「じゃ、じゃあ……」
旅塵を落としたいと伝えた。老婆は頷くと目がぎょろりと動きエリサ達の背後に広げられている旅の装備を一瞥……いや、しばらく見つめて「支度いたします」と退出した。
「何なんだあの婆さん、気味が悪ぃ」
「ゲイツ口が悪い。年長者は」
「敬いなさいだろ? はいはい、わーってますよエリサちゃーん」
ゲイツは天を仰ぐ仕草をした。そしてそのまま仰向けに寝転ぶ。
「……風呂に入れるとか、夢じゃないよな?」
「現実ね」
「素晴らしいなアオキ村」
久方ぶりの湯浴みは旅の疲れをひと息にほぐし、紗也との夕餉もつつがなく済んだ。その場に鉄平は不在で代わりにモトリが侍っていた。色白な紗也と比べて肌が浅黒いモトリは元々この山に暮らす土着民族だったらしい。
ゲイツの冒険譚を紗也は手を叩いて喜んだ。すっかり気分を良くした彼は庵に帰ってなお頬が紅いままで寝床に横たわるとあっさり寝てしまった。月はまだ頂点に達してない。
そう、雨がやんでいた。朋然ノ巫女の読みは正確だった。昼に降った雨は夜までには上がっていた。これならば明朝の出立も叶うかもしれない。エリサは手元に目をやった。青く透き通った球体が朧月を映している。月の光を反射して、内部の模様まで鮮明に見れた。水底に漂う波動のようなものが青い玉一杯に広がる。美しい。されど手にある感触はとても冷たい。エリサは空を見上げた。どこを捉えるともなくぼんやりと求める土地への想いを高めた。
「この命続く限り」
そう呟いて音を立てることなく自分の寝床に就いた。
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