ログ:村人のもてなし(3)
「大丈夫だ、ワシたちにゃ紗也様だけでなく、紗良様もおる」
ある年嵩の男が膝を立てた。それに呼応し他の村人も顔を上げる。
「そうじゃ、紗良様だ。紗良様もおれば恐れる事はない」
新たに出た名前、紗良。
紗也様、紗良様。
菌糸の塊が一滴の水で膨張するように二人の名を囁く声がみるみる広がった。崇拝の声が集まる中央で紗也は広間をゆるりと見渡した。
「安心してください、朋然ノ巫女である私と紗良姉様が……必ず【叡智】を持って皆さんを救います」
「ありがたいお言葉じゃ」
年嵩の男は涙ぐんで紗也に両手を合わせた。他の村人も同様にひれ伏した。
「あのぅ、ホーゼンノミコ? って初めて聞くんですが、何なのですかね?」
あっけらかんと響いた声に室内の村人達が音を立てて振り返る。しかしゲイツの飄々たる態度は揺らがない。
「いやあのですね、皆さんが拝んでらっしゃる、紗也ちゃんは」
「紗也様と呼べ、無礼者!」
「はいぃ、失礼しましたぁ!」
紗也のそばの少年が怒声を発した。ゲイツは派手にのけぞり土下座する。動きがうるさい。内心で諫言を飛ばしていると、くすくすと声が聞こえた。上座の紗也が笑っている。
「許してやりなさい鉄平。それで、私がどうしたのですか?」
険しい目つきの少年をおさえ、紗也は話をうながした。
「そう、紗也様はこの村で何をなさってるんですか? さっきソラヨミがどうとか……」
ゲイツの問いに紗也は丁寧な回答をくれた。空読とは限られた者にのみ許された気象観測術らしい。アオキ村で空読を行えるのは紗也ともう一人、紗良という人だけだそうだ。
「農耕が主である村人にとって天候は生命線。だからあなたは村の最高司祭者であると」
「そういう事になります」
「朋然ノ巫女様のお告げに従えば、間違いねえだ」
「んだ、んだ」
そう言って村人はまたも平伏した。
「そうだ」
ゲイツは面白い物を見つけたような顔で言った。
「今日の天気は、どうなるんですかね?」
「あっ……」
「え?」
紗也は口を開けて固まった。ゲイツは頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
「あー、皆の衆、これより空読のお告げをいたす」
少年が村人の前に進み出た。
「紗也様いわく、本日の空は日中晴天、風よく通ること薫風なり。日、やや傾きたる頃より雲立ち込めて……寒雨きたる」
「えっ」
その言葉に広間の村人全員が反応した。
「……妙物食えばすなわち食当たりをもよおす故、よく気をつけておくべし」
少年が言いきるとほぼ同時に遠雷が鳴った。格子窓の外から冷湿な風……雨の匂いだ。外で細かいものが地面を叩く音がしはじめた。
「雨だぁあ!?」
村人は飛び上がった。
「水路の蓋を閉めないかん!」
「洗濯物干しっぱなしじゃ!」
「チビ達が帰ってくるだよ!」
様々な事情が飛び交う。まさに怒涛。それぞれ紗也に辞儀を述べるとあっという間に去っていった。エリサ達は何か挙動を起こす暇もなく嵐のごとき一連を呆然と見届けた。
「……随分と、元気な人達ですね、皆さん」
ゲイツが言った。
「こんな日もたまにはあります、ねえ鉄平」
「いやねえよ」
「だって鉄平が言うの遅いから……」
「俺のせいにすんな」
「そんな事より、お二人はどこから来たのですか?」
紗也はこちらへ振り向いた。鉄平と呼ばれる少年がバツの悪そうな顔をしているがエリサの隣でエヘンと咳払いする声がした。
「メルセオ=ボトムって地域です。海を渡ってここガナノ=ボトムを南下してきました」
「という事は山の外を知ってるのですか」
「オフコース」
「教えてください!」
最高司祭者は身を乗り出した。
「しかし紗也様」
「旅人さん、教えてください。この世界には、何があるのですか?」
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