ログ:村人のもてなし(2)

 村の食べ物がよそ者に気に入られるか不安だったと彼らははにかみながら言った。信じがたい言葉だが彼らの笑みを嘘と言い切るのも又しがたい。

 一見、質素な膳上。だが料理は美味だった。食材は突出せず互いに譲り合い味が奥深い。味覚の豊かさは人々の豊かさを物語っている。食は文化の粋を知る術。旅の中でその程度の見識は培った。

 アオキ村は表面こそ貧し気だが貧困に落ちている訳ではなさそうだ。空腹の癒えた自分達を見ている彼らは満足そうな顔をしている。

 だが思う。彼らは殺気じみた嫌悪の目でエリサ達を拒んだ。今となってこの変わり様は不審ではないか。

「アオキ村はここに長いんですか」

 ゲイツが言った。

「八年になります」

「ほお、案外新しい」

「けれど、土地には二十年」

「どういう事です?」

「村の人々は大半が流浪民ジプスです」

「ジプス」

 納得したように赤髪の頭が揺れる。流浪民ジプスとは、部族単位で世界各地を流れ暮らす漂泊民族。生活形態としては一定の土地に居付くことがない。

「だけどその言い方だと、単位は一つじゃない」

「複数の部族で成っています」

 言われてみれば居流れる村人の顔や骨格の造りは根本的なところで微妙に違っている。なるほどあらゆる種族が混ざって結成した集団なのは得心がいく。新参者を手厚く保護するのはそういった成り立ちがあるからか。しかしエリサ達を攻撃し追い払おうとした事に説明がつかない。そもそもジプスとは一個の血族から成るのが普通であり、しかも特性上、自決意識が強く複数が集合することはありえないのだ。

 ただ、超常事態クライシスさえ起きなければの話だが。

「隠れているんですね、奴らから」

 ゲイツの問いを紗也が首肯する。アオキ村の人々は何を遠ざけようとして部族の垣根を超え、集まり、深山の奥で隠れていたのか。人々を恐れさせる存在……その名をエリサは知っている。

「無機生命体、機械兵アトルギア

 堂内にいた村人達から短い悲鳴が幾つも上がった。それは命を持たない殺戮者。人類が自らの手で生み出した滅びの兵器。世界の歯車を狂わせたのは紛れもなく奴らの存在だった。

 人類の絶滅を目指す機械兵から逃れるべく人々の多くは息を潜めて暮らしている。

 アオキ村のような排他的隠遁者もその一例に過ぎない。敢えて外の世界から自分達を閉ざしているのだ、見知らぬ者を警戒するのは当然の心理。それほどまで人々は機械に……いや、自分以外の存在に不信感を抱いていた。自分を守れるのは自分しかいないのだから。

「この地に移り住み二十年間。平和でした」

 エリサは紗也の言葉に含みがあることに気づいた。

 そこに「これまでは」と言葉が継ぎ足されると、紗也の瞳に薄暗い物が落ちた。

「ひと月前、村の近くで一体の機械兵が残骸として見つかりました」

「残骸で?」

「雷に打たれて真ァっ黒焦げになって倒れとった」

 ある村人が答えた。周囲もそれを肯定する。しかしと紗也が言った途端堂内は静まった。

「機械兵はすぐそばまで進出しているのです。この土地も、そう長くはありません」

「また新たな居住地を探すんですか? 二十年前みたいに」

「はい」

 淡々と応える姿にはがほのかな微笑が浮かべてあるがどうにも奥底に暗い物を感じる。傍聴する村人は青ざめて機械の恐怖を思い出しているようだ。嗚咽を漏らす者もいる。だが紗也の目はそれとは違う後ろ暗さを思わせた。

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