ログ:アオキ村の少女・紗也(4)

 ◇◇◇


 異様な光景が目に写っていた。

 村の人々は年端もいかぬ一人の少女にひざまずき、彼女のため殉じようとしているのだ。その幼い少女は他の村人達と比べても明らかに雰囲気が違う。「紗也様」と呼ばれる少女以外、村人の多くが継ぎぎや泥汚れした農民の様相をしている。その中で、少女だけが奇特にも身なりを整えられている感じだ。衣服はどこか宗教性を思わされ、胸元には大きすぎる首飾りが下げられている。

 周囲は呼ぶ「紗也様」と。

 まるで崇められているようだ──そう、エリサは思った。

 地面に突き立てた剣は誰の手に取られることもなくエリサと村人の間に佇んだまま。エリサは紗也という名の少女をじっと瞳に映した。

 力を感じる。

 体はたしかに未発達な子どもだが面付きに幼さがない。他の村人と比べてもたたずまいは超然としている。

 彼女が出てきた時、場の空気が張りつめたように思えたのは紗也の凛とした姿勢から生じる怪異的な気配の所為だろう。空間を支配してしまうほどの強い精彩を少女は瞳に宿していた。

 二人が見つめ合ってどれほど経っただろう、数秒も無かったかもしれない、誰も口を開かず空白を犯すような時の流れをエリサは胸の隅で感じていた。風のそよぎが髪をさらっていく。

「……いかがしますか、紗也様」

 ふたたび場を動かしたのは自分に木剣を突きつけている背高い少年の呻くような声だった。背後の紗也に指示を仰ぎつつも同時にエリサ達を威圧しようとしている。切迫した空気のなかでゆったりと紗也は口を開いた。

「一杯の水で村の平和が守れるなら、これより嬉しいことはありません」

 少年の肩越しに見える少女は少しだけ笑みを浮かべている。

「だけんど、紗也様! どこのもんと知れない奴らを村に入れるのは危険だ!」

「そうだ、よした方がええ、こいつら嘘ついていて本当は賊に違いねえ! つけ込ませると寝首ばかかれる!」

「なんならいっそこの場で」

 若い男の悲鳴。

「ちょっと何するんですか!? 離してください、エリサちゃんお助けえっ」

「ゲイツ!」

 振り返ると大勢にゲイツが羽交い締めにされ首に刃物を当てられていた。彼はぐしゃぐしゃな顔で抵抗するが村人の怒号がそれをかき消す。ついに組み抑えられたゲイツの喉へ刃がにぶく光を放つ。

 あぁ──エリサは思った──ここも同じか。

「おやめなさい」

 ぴしゃりと雷が落ちたようだった。大気を裂くような鋭い声が喧騒を斬り払う。

 紗也だった。

「この方々に手出しは無用です。アオキ村に害なす気色は見られません。そう、空が言っています」

「空が?」

 村人はどよめく。エリサには彼女の言っている事が分からなかった。

「今しがた私は空読の儀を終えてきました。見知らぬ人訪とぶらわれん、それが今日の告げです」

「……紗也様の空読にそんな項目あったべか?」

「あるのです」

 誰かの言葉を紗也は即座に返した。

「それに」

 前に進み出ると、エリサの剣を小さな手で地面から抜き取った。

「この方達は武器を差し出している。話を聞くだけでもしてあげましょう」

 剣の重さでふらつく紗也を背高い少年が支える。その少年は言った。

「紗也様はこう申しておられる。みんなはどうだ?」

 村人は姿勢を改めた。

「……お告げがそう仰るんなら、仕方ねえべ」

「朋然ノ巫女ほうぜんのみこ様のお言葉は信じねば。さあ赤髪の兄さんを離してやれ」

「助かった……あー、死ぬかと思った」

 解放されたゲイツの声にはどこか白々しい響きがあったが気にせず身柄の無事を確かめると再びエリサは見た。この村で最も尊い存在を。

「お二人を歓迎します。ようこそ、アオキ村へ」

 笑みを浮かべる紗也の瞳には、推し量り難い光が灯っていた。

「私は、紗也。この村の最高司祭者です」

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