第2話:レキちゃんとソラくん、入学式に行く。そのに!
駅から学校まで約七分の道のりでも、二人は注目の的だった。異様なまでに。
周りがざわついていて、困惑しているのを肌で感じた。
(え、男同士、だよね)
(手、繋いでるよね)
(しかも、待って、あれ恋人つなぎだよね)
(実は小さい方が女子とか?)
(え、え、何なの? ガチの人たち?)
(ちょ、ま、スキンシップしすぎ!!)
(男女でも普通あそこまでイチャつかねーぞ、通学路で!!!)
そんな音声と心の声が、私の耳にも届いてきた。
すると、今度はこんな情報も入ってきた。
(知らないの? S市では有名なんだよ、あの二人)
(中学からずっとアレ)
(え、小学校からでしょ?)
(背の高い方がレキちゃんで、ちっこいのがソラくん)
(いやいや、あの二人幼稚園からだから)
(あそこまで無邪気かつナチュラルにやられると、男でも慣れるんだよなぁ)
(違うって、同じ日に同じ病院で生まれてからずっと一緒なんだよ)
な に そ の エ モ 設 定 !
使う! 絶対使う、その設定! 今の長期連載完結したら絶対それで書く!!
腐女子の闘志に火が付いた私は、目立たないように二人に接近した。
できる限りディティールまで観察したい、という物書きの
「え」
思わず声が出てしまった。
ウソ、そんな、どうしよう。
早く隠さなきゃ。バレたら面倒なことになる。
私はソラくんと同じ缶バッジを、パスケースに装着していた。
それは、私こと須田かやのオリジナル作品の主人公キャラを、セミプロのイラストレーターが描いて商品化したもので、今では入手困難な激レアグッズだった。
え、っていうかなんで彼がそんなレアもの持ってるの? あまつさえ堂々とカバンに付けてるの? あ、いや、私はお守りとして、知名度低いから付けてるだけだけど……いや、早く外さないと気づかれる!
「あれ?」
「んー? どした、ソラ」
「ねえねえレキちゃん、あの女の子が持ってるやつってさー」
気づかれた?! どうしよう、ここで逃げたら怪しまれる、だけどバレたら私の高校生活が始まる前に終わる!!
血の気が引いた状態でパスケースをカバンに突っ込んでファスナーを締め、私はスタスタと二人を追い抜こうとした。
その時。
「あのー、すみませーん」
真横に並んで追い越す瞬間、無視できない距離まで接近されて、小さいソラくんが声をかけてきた。
どどどどうしよう!
「あのー、定期入れに付いてた……」
「ごめんなさい! 急いでるんで!」
振り払うような勢いで私が言って足を出そうとすると、ソラくんはぽん、と私の肩に手を置いた。
「須田かやさん好きなんですかー?」
初めてだった。誰か他の人から、私の名前を、リアルに聞くのは。
「えっ……」
思わず足が止まってしまって、ソラくんは薄いふわふわとした笑みを浮かべていて、後ろにレキちゃんなる人も追いついた。
「ソラー、その人急いでるなら迷惑だぞー」
「分かってるよー、でも須田かやさんのファンだったら仲間じゃーん! お友達になりたいじゃーん!」
「ん? そうか、それは確かにな、うん」
え、ちょっと待って、これ二人とも私の、須田かやの読者っていうかファン?!
「あのっ……お、おおお二人は須田かやさん、を、ししし知ってるんですか……?」
おずおずと私が聞くと、二人は顔を見合わせた。
「ん、知ってるっていうか、なあ?」
「うん、俺ら二人とも超絶大ファンだし、夜な夜なお世話になってまーす」
「よ、よな?」
「うん、えっちぃやつ、よく読みながら真似して——」
「おまえらああああああああぁぁぁぁ!!!!!」
突如、後ろから猛スピードでダッシュしてきた男子生徒が叫び、レキちゃんがめんどくさそうな顔で一歩下がった。
「あ、ユイちゃんおひさー、おはよー」
「おはよーじゃねんだわ! 春休み中俺、散々言ったよな!? 高校ではおとなしくしてろって、なぁ?! それが何だこの通学路、おまえらの奇行のせいでみんな困惑しまくりじゃねえか!!」
「ははは、ユイちゃん相変わらず声でかいねー」
「誰のせいだと……!」
そこでユイなる男子が私に気づき、
「あ、すみません、こいつらになんかされましたか? あとは俺が処理するんで、大丈夫ですよ! つか今のうちに逃げてください!」
とまくしたてたので、私は勢いにおされ、足早に立ち去った。
——『読みながら、真似して』?
そそそそそれってつまり、私が書いた性描写を、あ、あの二人が実際にその、た、試し、て——
ぼかん。
どうやら私の腐女子脳はそこまで考えて爆発四散したらしい。
校門をくぐり入学式に参加し、よりにもよってあの二人と同じクラスになり、かろうじてユイくんに守られながら最寄り駅まで辿り着いて電車に乗り込んだ。
帰宅すると、母親が『学校でなにか嫌なことでもあったの?!』と血相を変えて聞いてきたが、いや違うんだよ母さん、腐女子の妄想の上を行く男子が存在した、その事実に恐れおののいているだけ、それだけなんだよ……。
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