大崎町ハッピーライフ

ぶいさん

第1話

 私は空を眺めるのが好きだ。


 空はいつだってそこにあるくせに、抜けるような高い晴天は気持ちがいいし、もくもくと下界に巨大に張り出した灰色の積乱雲はひどく雄大で、風に追い立てられ駆ける雲は嵐の起こりを感じられて心が躍る。


 立ち込める暗雲も、赤く染めたような燃える夕焼けも、墨を塗りつけた真っ暗な夜空も、数多の塵が明滅する星空も、月も朧げな雲に覆われた空も、こうして指折り数えても到底数え切れない。


 様々な顔を持ちいつだって変わらずにそこにいて、小さきものたちを見下ろしている。ひとつだって同一のものはないけれど、そのひとつひとつが愛おしい。

 どこへ行っても空は私たちを迎えてくれる。どんな道筋を、どんな未知の土地を歩いても、空はそこにあり続けるから心強い。



 私は植物を眺めるのが好きだ。


 鮮やかで色とりどりの景色が好きだ。

 青臭さや泥臭さが好きだ。

 風にそよぐ青々とした草花たちをじっと眺めるのが好きだ。降り注ぐ雨粒をおしゃれに飾り付けては跳ね返して弾み、天からの恵みを体いっぱいに享受し、太陽の方向に両手を広げるように枝葉を伸ばし成長する姿に感心さえする。


 都会を離れた郊外に借りた家で私は植物を育てている。

 育てた植物を餌にする虫たち、その虫を食むトカゲ、そのトカゲを食む鳥、またその鳥を餌とする生き物たちの食物連鎖の、力強く生きる大きな営みの、その一部に参加しているような気持ちになる。

 とはかっこつけて言ってみたものの、寄って来る虫は益虫ばかりではないし時には鳥が芽や実をついばみにやってくる。ほんの趣味程度の菜園でも害虫や害獣との戦いは避けられない。


 地味な戦いを続けたゴールには、(小ぶりながらも自分から見たら立派に育った)野菜や花を収穫できる。収穫時には得も言われぬ達成感がある。


 


 それから、自然や町並みを観察するのが好きだ。


 私が今住んでいる町には、数分歩けば畑があり水田があり、遮るものが少ないため空は都会よりも幾分か広い。

 (これは都会から離れた自分の体感の話になるのだけれど)生き物が身近で小鳥たちのさえずりや、早朝にお向かいの犬が家の前を通る車に吠えては飼い主さんに叱られて不発したバフッとした鳴き声が聞こえて笑ったりする。


 日が暮れる頃には虫やカエルの合唱がさんざめいて賑やかだ。

 夕焼けに照らされた家々と遠くから聞こえる、家路に着く人々の喧騒と踏切の音、近所から香るシャンプーの匂いや夕飯の匂いが鼻をくすぐってきて、この町で生まれ育ったわけじゃないのに不思議と郷愁を感じて懐かしく思い、今日も一日いつもどおり終わったことに安らぎを得るんだ。


 前に住んでいたところは賑やかで楽しかったけれど少々窮屈だった。

 小うるさい同居人たちがいて世話を焼いてくれていたから便利は便利だったし傍目から見たらそれはそれは恵まれた環境ではあったのだろうなと思うんだけれど、一人暮らしをしてみたくて強引に我を通してこの町への引越しを敢行した。


 今住んでるこの町はのんびり穏やかで、前にいたところとは違った楽しみが得られる。そうやって、日々を過ごして暮らして、この町へ越して数年が経過した。

 そんな、とある日のことだった。


 



 その日は、空に変わった雲が浮かんでいた。


 私は普段通り特に時間を決めずなんとなくもそもそ目を覚ました。小鳥たちが早くから随分と賑やかにさえずっていたから、たぶんその声に起こされたんだと思う。

 カーテンの隙間から見える空の色はまだ薄暗い。あら、鳥さんたち早起きねえと時計を見たらまだ午前五時の少し前。早起き過ぎる。まだ眠たい。

 のんびり身支度を整えてお茶飲みながら一休みした。朝ごはんを食べる前の、まだ日が昇りきらない夜と朝の間の早い時間に(植物の世話は早朝に行ったほうがなにかと便利なものなので)、さあ菜園の手入れでもしましょうと庭への引き戸を開けた。


 見上げた空は、地平線から太陽が顔を出し始めて、空は薄い藍色から橙にうっすらうっすら色が変わって、夜が明けて次第に朝を迎えるという頃合だ。朝焼けはいつ見ても綺麗ねえ。

 そこまでは特別何もない、普段と何ら変わり無い日常だった。


 それは大きな影だった。地面に大きな影を落としていた。頭上、十二時の方向の空高くをゆっくりゆっくり漂っているヘンテコな雲だった。

 それも全体が虹色にきらめいて明滅する雲だった。

 こんな現象、この世にあったかもしれないけど私は今の今まで見たことのなかったものだから、大変に驚いた。


 すぐに手元に持っていたスマホで目の前の現象を撮影した。数枚の画像と一分ほどの動画を撮影した。撮影してもまだ頭上にはそれが漂っていた。大きい。とても大きい。そして長く棚引いている。飛行機雲の尾を引いた、夏の日の入道雲のようだった。雲というのは、こんなにゆったり同じ場所を漂うものだったろうか?


 慣れた手つきで青い鳥のアイコンをタップして撮影画像を投稿しようとしたけど、いや待て、局地的に発生したものだとしたら家バレする可能性が…。珍しい現象や局地的に発生した事象を投稿したあとに、そのことが記事になりニュースになり挙句に所在地が出てしまって、家バレした投稿者たちをつい最近も見たばかりだった。


 変な雲、綺麗な雲、謎の雲etc...と思いつく単語で検索した。有名な気象専門家の投稿が拡散されてタイムラインに流れてきた。


 「これは彩雲といって、この現象は、太陽光が雲に含まれる水滴で回折し、その度合いが光の波長によって違うために生ずるものである。巻積雲や高積雲、風で千切られた積雲などに多く、古くは吉兆ともされて有難がられてきたが、SNSが発達した現代では各地でよく見られる、特に珍しくない現象」とのことだ。


 説明はよくわからなかったが太陽光が雲の水滴に反射したりしなかったりで雨上がりの虹と同じような燦めきを得ている、ということだろうか。

 説明はわからないくせに妙に納得して、そうかそうかと空に漂う彩雲(仮)から視線を外して、私は手を止めていた作業へ戻ることにした。


 一時間ほどして太陽が高く昇るとその不思議な雲は姿を消し、澄み渡る青空が広がり蒸し暑い夏の朝がやってきた。不思議な体験だったが、それも一時的な現象だ。いつもどおりの朝の風景になんだか安堵した。

 あんなものに空を占拠され続けたらせっかくの夜明けが台無しだもの。

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