164話 お伽噺
「今から三千年くらい前、女神フォルトナがエルフを生み出したと古い学者が言っていたわ」
途方もない大昔の話を半信半疑で聞き入る。
「そこから千年くらいの間に、あたし達…そうね、魔族と呼ばれる様々な種族を造ったそうよ」
「…随分と気の遠くなる話ですね」
率直な感想を口にしながら、ワインを煽る。
まあ、私がダラダラと過ごしたのが二百年と思えば、千年くらいは大した事ないのか?
「そうだね。純血種って言うのは、この時生まれた魔族を示すわ。今の魔族は混血ばかりだからね」
「なら、私は違いますよ。二百年と少ししか生きてませんから」
「あたしより歳下なのね」
どことなく安心したようにレベッカは笑う。
「あなたは純血種なのです?」
「まさか?三百年くらいしか生きてないわよ」
手をヒラヒラと振って否定するレベッカ。
「なら、なぜ私が純血種だと?」
「あはは、どこの田舎から出てきたのか知らないけど、その滲み出てる魔力は異常なのよ?…それに魔族は幼い外見なやつ程、ヤバいの」
ふと食事に夢中のシスに視線を向けるが、首を捻られて終わった。
「…純血種を見た事があるのです?」
「旧都の奥で一度だけ…六芒星の瞳…あれは魔眼族の純血種だわ」
「…魔眼族」
聞き覚えのある単語に一人の姿が頭を過ぎる。
「魔眼族自体は珍しくないわ…ただあんなにハッキリと紋様が浮かぶ事はないの」
そう言うと、レベッカは瞳に魔力を込め、小さな紋様を浮かび上がらせた。
「…クロード」
「?」
「クロード・アークリッチ・フォン・デグリエル…聞き覚えは?」
「お伽噺の話?貴族名よね?」
レベッカは怪訝そうな表情を浮かべ、首を傾げる。
…お伽噺?
私も同じように首を傾げた。
「随分な田舎から出てきたみたいだけど、貴族なんてもういないわ。大災害でみんな滅びたそうよ」
「……」
初めて聞く単語に更なる困惑が押し寄せる。
「どこが貴族名だと?」
「クロードから後ろよ。あたしはレベッカ。ただのレベッカ。それが普通よ?」
彼女はクスクスと笑いながら赤ワインを一口。
「なるほど。では、その六芒星はハーフエルフではありませんでしたか?」
「さあ?ローブを被ってたし…あいつ竜種と撃ち合ってたのよ?巻き込まれる前にさっさと逃げたわ」
「そうですか」
おそらくそうなんだろうが、竜種とね…。
「いつの話なんです?」
「…何十年前だったかなぁ。忘れたわ」
緊張が解けたのか、チーズを口に放り込みながら笑う。
「大災害ってその竜種に襲われたのよね」
黙々と肉を食べるシスが口を挟む。
「ええ、今から七百年くらい前に旧都を大量の竜種が襲った日の事よ。こっちは生き残った魔族に聞いたから間違いないわ」
「あれが大量にですか…」
それは確かに大災害だろう。
積み上げた文明を破壊するには十分な破壊力だ。
「神々の境界線はその時に突然現れたそうよ。まるで竜種の進撃を阻むようにね」
シスが動きを止める。
「…神様がいるの?」
「あら、意外に信心深いのかしら?」
「ううん、こんなクソみたいな世界をありがとうって一発殴ってやりたいだけ」
可愛らしい笑みを浮かべながら、冷めた声色で呟いた。
「なにこの子、いきなり刺すタイプ?」
「…はは」
レベッカは声を潜めながら私を見る。
「聞こえてるよ?お姉ちゃん」
「…あたし、この子苦手かも」
シスの視線にたじろぐレベッカを眺めながら、私は小さく微笑む。
…普通はこういう反応だよなぁ。
「そういえば貴族がいないって言ってましたけど、この街の統治は誰がやっているんです?」
「冒険者ギルドだけど、統治って程じゃないわね。あたし達は好きに生きるのが性分でしょ?」
…なるほど。
「…治安は悪そうだ」
ワインを片手に街を見下ろす。
「あはは、何言ってるのよ。弱肉強食…それが分かりやすいルールじゃない」
「…良い街ですね」
洒落た景観の街並みを眺めながら私はワインを喉に流し込んだ。
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