159話 旅立ち

一か月後。


街を散策しながら、様々な人々と交流を深めた私はそつなく話す程度に言語を理解していた。


mと聞こえたのは、まみむ…と続く子音で、あいう…と続く母音が聞き取りづらいからだろう。


そして、久々にギルドに顔を出した私は簡単な依頼をこなしてきたのだが…。


…そこにいたか。


大きなガラス張りの店内で、大量の皿を積み上げている罪人を見つける。

高級レストランに相応しい赤絨毯に導かれながら、店内を進む。


「よう、横領犯」


桃色のツインテールを揺らす少女に後ろから声をかけた。


「えへへ、バレた?」


シスは悪気なく照れ臭そうに笑う。


「俺の取り分は3で、おまえが7だって?」


言葉がわからない事を利用して、こいつはとんでもない仲介手数料を取っていたのだ。

簡単に計算すると、150万リン程がこいつの懐に消えている。


これは仲介手数料の範囲ではないだろう。

こいつは俺を下請けのように扱ったのだ。


「普通なら殺してるんだがな」

「いいよ?殺して」

「…チッ」


死を望みながら、死ねない彼女に舌打ちを一つ。


「あれ?怒ってないの?…あたし楽しみだったんだけどなぁ。本気で怒ったあんたがどう殺してくれるかって…」

「…楽に死ねると思ってるのか?いたぶるかもしれないぞ?」

「いいよ。あたしはもう満足したからね」


空になった皿を前に彼女は微笑む。


「…はぁ」


その堂々とした笑みに私は大きな溜息を吐いた。


「ねぇ、まだ?殺して欲しいんだけどなぁ」

「やる気が失せましたよ」

「…つまんないの」


どうでも良さそうに呟くシス。

その太々しい姿に毒気は完全に抜かれてしまった。


「たっぷり稼いだんだから、奢ってくれますよね?」

「えぇ!?まだ生きるならお金は必要だよ。それとも7:3のままで良いのかな?」

「9:1にしておきましたよ」


むしろ1残しただけでも、優しさを感じるべきなのではないだろうか?


「ひどいぃ」

「どこがですか」


呆れたように溜息を吐くと、私は店を出た。


「お兄ちゃん、待ってよぉ」


会計を済ませたシスが追い付くと、


「さっき聞いたんだけど、黄金郷があるらしいよ」

「黄金郷?金で出来た国ですか?」

「うん!上位の冒険者はそれを探してここに来る人もいるんだって」


ああ、ここは最前線の開拓村の一つらしいですからね。

ここから東はまだ未開の大地だと、受付嬢が言っていた。


「どこにあるかなんて、わからないんですよね?」

「でも昔からある噂話らしいよ。黄金郷なら取り分が1でも…えへへ」


そう言って、欲望と希望の混じった笑みを口元に浮かべる。


「そんな当てもない旅をするより、魔族の都市に行きますよ。ここから西らしいので」

「えー」


そんな文句と共に唇を尖らせるが、無視だ。


「そんな急がなくていいじゃん。時間は無限なんだよ」

「退屈を無限に繰り返すのですか?」

「あーあ、あんたもどっかの馬鹿達と同じ事言うのね。早死にするわよ」


昔を懐かしみながらも吐き捨てる彼女を横目に、歩みを進める。


「都市ならここより美味しいものを食べれるんじゃないですか?」

「…それもそうね」


顎に人差し指を当てながら彼女はニッコリと微笑んだ。


「でも、道はわかるの?また迷子は嫌だよ」

「はは、ちゃんと舗装された道があるらしいですよ」


坂道を登り、僅かな時を過ごした街を見下ろす。

その姿は来た時と変わらず喧騒に満ちていた。


…洞窟の中に街が広がってるなんてな。


今まで見た事のない光景に改めて感嘆の念を抱いていると、


「よう」


背後から大剣を背負うリザードマンが声をかけてきた。


「珍しいね。デート?」


半身に紋様を浮かべた女が笑いかけてくる。

その後ろには見慣れた男が二人。

初日にパーティーを組んだ四人組だ。


「いえ、都市に行こうと思いましてね」

「そうか。楽に稼げなくなるな」


リザードマンはそんな軽口を叩くが、初日に圧倒的な実力差を理解して、それ以降パーティーを組む事を辞退していた。


——俺達は戦士だ


そんな言葉が私の脳裏に過っていく。

だが、ギルドに行けば顔を合わせる機会も多く一度歓楽街を案内してもらった。


…種族の差は大きかったですね。


リザードマンの美的感覚は理解できないとだけ言っておこう。


…あれは爬虫類館だよな。


そんな事を思い出し、頬が自然と緩んでしまった。


「私達は護衛帰りよ。今から都市に行くなら良いものが見れそうね」

「良いもの?」

「あら?楽しみは教えない方が良さそうね」


そう言ってクスクスと笑う。


「生きてたら、またな」

「ええ」

「あはは、この子が死ぬなんてどんな地獄かしら?」

「ふっ、俺達が死ぬ方が早そうだ」

「じゃあね!」


リザードマンとそのパーティーは相も変わらず賑やかに去っていく。

私は彼等が見えなくなるまで見送ると、来た時とは違う横穴を進み、草木の香る森へと飛び込む。


長閑な日差しを浴びながら、整備された道を進み、次の目的地へと急ぐのだった。

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