148話 未知との遭遇

純白の法衣が吹きさらしの風にはためく。

黒髪の青年は、スラム街を見下ろすと蔑むように冷笑を浮かべた。


「…醜い」


口元を手で覆いながら、小さな声でそう零す。


意志の剣を手に取り、小さな利権で争う人々。

種を蒔いたのは自分だが、選んだのは彼らだ。


そんな光景を無感情で見つめていた。


——僕は間違え続けていたんです

——いつしか彼らを壁のように扱うなんて…


そう彼らは壁にさえなり得ない。

満足な食糧を生産する術を持たず、ただただ奪う事しかできない寄生虫だ。


選択肢は与えた。

それを彼らが選ばないだろうと考えても、共存と繁栄の道はあったのだ。


そして、審判の日は訪れた。


「猊下、いかが致しましょうか?」

「こちらに来る者は討ち取りなさい。まず住民の皆様には街に戻ってもらいましょう」


浮遊する黒い球体を眺めながら、教皇は返答する。


「まだ足りませんね」


魔力を緩やかに吸い取る大規模魔法。

古の戦場魔法だが、即効性もなければ効果も弱い。


故に廃れた魔法。

開発者もまさか数万人規模の都市に、それも一般市民に使われるとは夢にも思わなかっただろう。


だが、僅かな魔力も数万人となれば膨大な贄になる。


あとは…。


「勝敗が見えてきたら、突撃しますよ」

「ハッ!」


意志の剣を回収するだけだった。


「…醜いですね」


その言葉は、地面に折り重なっている数千の死骸に向けられたものなのか、その光景を作り出した自分に対する嘲りなのか。


誰も答えはしなかった。


……

………


一方、神殿の地下室では、


「あたしは使徒だと、こいつは言ったわ」


震えるシスの声だけが、空しく響く。

それは怒りや憎しみだ。

 

百年以上の長い時の中で積もりに積もった負の想い。

それが赤く輝くクリスタルに向けられていた。


「こいつ?」


まるで人格があるかのような彼女の物言いに疑問が浮かぶ。


『来訪者よ…』

「なっ!?」


突如耳に入った言葉に驚きを隠せなかった。

まるで頭に直接響くかのような不気味な声音。


『汝の望みは何だ?』


…これはなんだ?


半透明のクリスタルに炎を模した複雑な紋様がチロチロと明滅している。


「あたしを死なせなさい」


『汝の望みは叶えられぬ』


「ふざけないで!あんたのせいで!何回も!何十回も!何百回も!」


ガツッ!


激しい音を立てて結晶を殴りつける。


『…汝は使徒…世界を浄化せよ』


「意味がわからないわ!いっぱい死んだのよ!あたしはこの世界が大嫌いなのよ!!」


ガツッ!


「…シス、落ち着いて」


結晶を執拗に殴打し続ける彼女を止めようと手を伸ばす。


カツ…


「…いっぱい死んだんだよ…もう終わりにさせてよ…」


小さく身体を震わせながら、腕を掴まれ弱々しくそう呟く。


『世界を浄化せよ』


「世界?それしか言えないのです?」


『汝の望みは何だ?』


「……」


会話にならないな。


沈黙の中、彼女が鼻をすする音だけが小さく響き渡る。


「どんな望みでも?」


『叶えよう』


「シスの望みは叶えないんですね」


『……』


結晶は沈黙する。


「殺してよ…あたしを殺せよ!このクソ野郎!」


彼女の怒号が静かな空間に響いた。


『…さすれば任を与えよう』


初めて成立した会話。

クリスタルは更に輝きを増すと、シスの身体が赤い光に飲み込まれた。


「…嘘…また…またなの?」


シスは見覚えがある現象に顔を歪ませる。

周囲の空間が歪む。


「シス!?」


彼女はゆっくりと振り返る。

そして、空間を歪ませながら手を伸ばしてきた。


「助け…て…」


初めて見せる悲痛な求め。

必死で伸ばしたその細い腕を、確かに掴む。


その瞬間、景色が歪曲し、視界が途絶えた。


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