147話 シスの願い

数週間後、街の一角にある冒険者ギルドに顔を出していた。


「変わった事?特にないな」

「そうですか」


壁に大量に貼られた依頼書に目を通す。

閑散としたギルド内は、見慣れた顔の職員が暇を持て余すように談笑していた。


「あれだけ騒がしかったのが嘘のようだよ」

「みんな霧の森に行ったそうですね」

「この街に留めておく理由がないからな。殲滅卿のおかげで周辺の魔物は駆逐されたようだし」


苦笑混じりに職員が言う。

彼は所謂元冒険者と呼ばれる男だった。


「スラム街は物騒な雰囲気になってますけどね」

「そうなのか?あそこはいつもの事だろう」


男は興味なさげに答える。

この街の住人にとって、スラム街はただの城壁なのだ。


「そうですね」


手短に話を切り上げ、外へと出た。


「…ギルドから指名手配が回ってる事はなさそうだな」


あれから、数ヶ月が経っていた。

私は最後の確認をするように、白く輝く城壁へと歩みを進める。


「用事は終わったの?」


露店で暇をつぶしていたのだろう。

肉を頬張るシスが歩み寄ってくる。


「あとはあそこに行ったらですね」


そう短く答え歩き始める。


「お兄ちゃんもあの先に用があるのかな?」

「シスは城壁を越えようとして、捕まったんでしたね」

「へへへ」


褒めてないのだが、彼女は照れ臭そうに笑った。


「あたしはここで待ってるね。また捕まったらあのクソ野郎に何されるかわからないから」

「はは…」

「それとも侵入する気?」

「ただの貴族の居住区でしょ?」

「それは…ん、あたしはここまで」


城門と衛兵の姿が見えてきた所で、彼女は隠れるように物陰へと消えていく。

私は小さく肩を竦めると、堂々と進んでいく。


「この先には入れないぜ?」


歴戦の戦士なのだろう。

引き締まった肉体の男がそう告げてくる。


「どこかで会った事あります?」

「うん?」


彼は確認するように、私の顔をまじまじ見つめると、


「いや、ないな」

「そうですか、人違いだったようです」


踵を返し、元来た道へ足を向ける。


…教皇殺しと私は無関係。


十分な時間をかけて確認したのだ。

これで次の目的地は決まった。


「もう用意は終わったの?」

「ええ、東の樹海に行こうと思います」

「そっかぁ」


シスは残念そうに呟くと、小さくため息を吐く。


「ここでお別れです」

「…あたしもついてくって言ったら嬉しい?」

「死にたいのですか?足手まといはいらないんですよ」


馬鹿馬鹿しい質問に苦笑すると、シスは目を細めた。


「…あたしは死なないよ、死ねないの」

「……」


珍しく真面目な表情を作り、呟くように告げる。

私はただ淡々と、その真意を問うように彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「…魔族ですよね?」


不死の魔族と言えば、アンデットだろうか。

出会った事はないが、彼女が既に死んでいるようには見えない。


「違うよ、あたしは…」


シスが口を開きかけた時、


ドゴォオオオン!


街の方から強烈な爆音が響きわたった。

地響きが起こり、周囲の建物が小刻みな振動を繰り返す。


「なんだ?」


黒煙が舞い上がるのが遠くに見えた。

自然とそれを目印に街中を走り出す。


「たぶん、スラム街だよ」


並走するシスの言葉通り城門を抜けた丘に辿り着いた瞬間、再び遠くで火柱が上がる。

辺りには同じように集まった野次馬達が右へ左へと視線を向けていた。


ドゴォオオオン!


見下ろしたスラム街から新たな黒煙が吹き上がる。

中央の大通りには武器を手にした者達が乱戦を繰り広げていた。


「あれ」


だが、シスが指差したのはその集団の彼方上空。

そこには禍々しい球体が浮かび上がっていた。


そして、スラム街の各地から赤黒いオーラが噴き出しては吸い取られるように消えていく。


「…魔法か?」

「嫌な感じがする…凄く嫌な感じ」


シスは険しい顔を作ると、戸惑いをその瞳に浮かべた。

東の空では夕焼けに染まる日の光が厚い雲に覆われようとしている。


野次馬達はその様子を遠巻きに見つめながら、思い思いの事を呟いていた。


そんな中、


「猊下がお通りになります!!」


西の方から突然上がった叫び声。

それと同時に割れた人垣の中、純白の法衣を羽織った黒髪の青年が姿を現わす。


「…あれは」


思わず二度見してしまった。

その顔は確かに私が殺した筈の教皇と瓜二つ。


「どうしたの?」


隣のシスが不思議そうに聞いてくる。


「いや…」


野次馬達に隠れるように、私は再び教皇に視線を送った。


なぜ、生きている?


教皇の周りには数百騎の騎士が付き従っている。


「ねぇ、チャンスだよ」

「何がです?」

「今なら忍び込めるの」

「どこに?」


教皇の姿を視界に捉えながら思考をまとめる。


彼女は貴族街の城壁の先に忍び込めると言いたいのだろう。

…なぜだ?


そして、先程の彼女の言葉の続き。


「あの城壁の先に何があるんですか?」

「…あたしの生まれた場所」

「…意味がわかりませんね」


だが、どちらにしろここに長居はしない方が良いだろう。


「お願い、お兄ちゃん」

「よくわかりませんが、とりあえず飛びますか」


そして、彼女の手を掴むと遥か遠くに見える白銀の城壁へと視線を向ける。


次の瞬間、景色はガラリと変貌を遂げた。

遮る物のない風が頬を撫で髪を揺らす。


「着きましたよ」

「うわぁ、こんな簡単なんだ…理不尽」


城壁の上で、シスは呆れた声を溢す。

眼下に広がるのは、無機質で堅牢な建物達。

要塞都市とも言うべき異彩を放つ街並み。


「それで何がチャンスだったのです?」

「ほら、兵士がいっぱい出払ってたでしょ?」


シスの言葉に釣られスラム街の方角に視線を向ける。


「なるほど、それで目的地は?」

「神殿だよ」


インビジブルの魔法をかけ、人通りのない石畳の路地に降り立つと音を殺して進んでいく。


「…生まれた場所と言いましたが、アルマ王国の出身なのですか?」

「アルマ王国?違うよ」


シスはまるで我が家に帰って来たかのように、自信を持って先導していく。


「あたしが生まれた時には、誰もいなかったの。でも、帰ってきたらこんな風になっちゃっててね」

「…百年以上前の話ですよね?」

「そう」


嬉しさと悲しさ、複雑な感情の混じった横顔が目に映る。

その表情の意味は私にはわからない。


「それでこの先に何があるのです?」

「…赤いクリスタル」


あどけない顔でシスはそう告げる。

視線の先には他の建物とは造りの違う神殿が悠然とそびえ立っていた。


入口には衛兵が二人立っている。


「殺しちゃって…できるよね?」

「…クリスタルねぇ」


私が知っているのは、青いクリスタルだ。


——あれは魔大陸だけの文字通り神の遺物だわ


「「ッ!?」」


グシャ!


音を漏らさぬよう影で二人を圧殺する。


「願いを叶えるらしいですね?」


扉の先に魔力反応がない事を確認すると、静かに中へと歩みを進めた。


「願い?あはは、そうなんだ…ふぅん」

「ええ、そう聞いていますよ」

「…じゃあ、あたしを死なせてくれるのかな」


溜息を溢すように彼女は小さく笑う。


「どういう意味です?」


先導する彼女に従って地下への階段を降りる。


「あたしは死なないの。ううん、死ねないの」


「魔族なんですよね?」

「ううん…」


突き当たりの扉を彼女が、ゆっくりと開ける。


そこには巨大な赤い結晶が安置されていた。

神々しさと禍々しさが混同した不思議な光景。


「あたしは使徒だと、こいつは言ったわ」


その言葉に反応するかのようにクリスタルは赤く輝いた。




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