139話 スラム街の裏通り

スラム街 北区


道端には浮浪者がうずくまり、飢えた犬がゴミを漁っている。

そんな薄暗い通りを三人の男女が歩いていた。


「あんた外から来たんだろ?どうだいここは?」

「…最悪ですね」


ゼクスの言葉に、鼻をつまみながら答える。


…臭いのだ。

死臭と腐臭の臭いが混ざり合い、息をする度に喉の奥から胃液が込み上げてくるのだ。


「なんで、わざわざこんなクソみたいなとこ通るのよ」


シスは顔をしかめながら文句を言っている。


「なら、なぜついてくるのです?」

「言わなーい。まさか惚れられたとか思ってる?勘違いしないでよね」


笑顔で答えるシスに思わずため息が漏れる。

この娘は一体何を考えているのか。


「まあ、そう言ってやるなよ。そいつがいると便利な事もある」

「…例えば?」


訝しげに聞くと、ゼクスは笑いながら答えてくれた。


「あんたは気にもしてないが、スラム街ってのは知らない顔には敏感なんだ。気づけば後ろからグサって事もあるからな」


そう言うと、私の背後に視線を送る。


「その点、俺とシスがいれば北区は安心さ。自分の部屋のようにくつろげる」

「…あなた達、強いんですか?」

「…強い?…ハハハッ!」


私の問いかけに対して、彼は声を上げて笑った。


「あんた魔族みたいな事を言うんだな」

「…はぁ」

「その前にあるだろ?顔見知りってやつがさ」

「…なるほど」


見渡せばスラム街の住人達はみすぼらしい格好をしながらも、ごく平穏な日常を送っている。


「知らないの?混血ばっかの掃き溜めだよ」

「それが何か?」

「…ああ、そういう認識かい」


ゼクスは私の返答を聞くと、再び声を出して笑った。

そして、言葉を続ける。


「魔族なんて一括りに呼ばれてるが、本当の種族はいくつあるかわかってない。そして、混血はな、経験値になる…」


——言い伝えでは、異種族を殺す事で経験値が入るらしいわ


「俺達は同じに見えて、同じじゃないってわけさ」

「スラム街の治安が悪いのは、そのせいですか?」

「あははッ、昔から荒れてたからそれはどうなのかなー?」


シスの言葉を受け、ゼクスは苦笑いを浮かべた。


「…俺はそんな昔の事は知らないぜ。ただ今じゃここの常識さ」

「…顔見知りは殺せないか」

「当たり前の事だろ?俺達は獣じゃないんだぜ」


愉快なものでも見たかのような笑う。

たが、私はシスの言葉に違和感を覚えながら、一つの疑問が浮かんでいた。


「なぜ、協力者に?」

「ん?…それは単純な話さ。俺はスラム街出身の元冒険者」

「…タダ働きってわけじゃないですよね?」

「アリスくん、安全と信用は金貨では買えないんだよ」


…安全ね。

ギルドに教会に、もしかしたら王国もですか。

なかなか面倒な場所のようです。


「俺も君に聞きたい事があった。出所不明の意志の剣、ギルドはどこで掴んだ情報なんだい?」

「…それは」


横を歩くシスに視線を向ける。


「彼女が持っていたそうですよ、スラム街の雑貨屋でしたか?」

「…うん?そうだよ。強そうでしょ、これ」

「場所は?」


シスの言葉に首を傾げると、ゼクスはそう告げる。


「南区の二番街だったかなぁ」

「…へぇ、南区ねぇ」


彼は何かを考えているようだった。


…北区と南区の仲は最悪なんじゃないですかね。

その両方に出入りできるとは…。


「あなたは見た目通りの年齢じゃなさそうですね?」

「……」


桃色髪の少女を見つめながら尋ねるのだが、はぐらかされるように微笑まれるだけだった。


そして、


「お兄ちゃんもね」


彼女は悪戯っ子のような笑顔を浮かべるのだ。


「さて、仲良く腹の探り合いをしてるようだが、そろそろ着くぜ」


その言葉の方に視線を移すと、スラム街の細道に終わりが見えていた。


「ねぇ、どうして市場を通らなかったのよ」

「シスくん、俺はちょいとツケが溜まってる身でね」

「うわぁ、悪い大人だぁ」


どこか親近感を覚えるゼクスの発言に対し、シスが茶々を入れるのだった。

広々とした空間に現れるスラム街に似つかわしくない建造物が視界に飛び込む。


「…教会?」

「あれが製造工場だ」


それは白い石材で作られた聖堂であった。

右手を見れば広々とした一本道が南へと続いている。


ズズ…ズズズ…


そして、棺桶を引きづる男の姿。

その脇には親族だろうか。

涙を流しながら教会へと運ばれる棺桶を見送っていた。


「教会ですよね?葬儀を執り行うようですが…」

「ああ、そうだな…」


ゼクスは煙草に火を点けると、ゆっくりと紫煙を吐きながら呟く。


「俺達にとっては、当たり前の事なんだがな。やっぱそう見えるか」

「お兄ちゃん、中に入るつもりでしょ」

「やめとけ、やめとけ」


シスの言葉に首を横に振るゼクス。

そして、私に視線を向ける。


「あそこは教会が管理しててね」

「…案内してくれるんですよね?」

「案内したさ。ここが製造工場。詳しく説明が必要なら、いいぜ。…!?」


そこまで話したところで、何かを見つけたように彼の言葉が止まる。


「…おいおい」

「…うん?」


視線先を追うと、南から伸びた道から一人の青年が歩いて来るのが見えた。

純白の法衣を纏う黒髪の青年だ。


「…知り合いです?」

「ああ、知り合いというか取引先のお偉いさんというかだな」


そう言いながら、身を隠すように彼は細道へとゆっくりと後退り始める。


「また何かしたの?」

「ちょいとツケが溜まっててな」


完全に物陰に隠れたゼクスに、シスが面白そうに声をかける。


「まあ、あとは好きにしてくれたまえ」

「えっ?」


そして、私の返事も聞かずスラム街の細道へと消えてしまった。

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