138話 幕間 誰かの記憶5
一年前
「樹海にはサウス侯爵家と寄子の貴族が当たってますが、未だ進展はありません」
フォルトナ正教の教皇、冒険者ギルドの代表、アルマ王国の国王代理が集まる部屋には重苦しい空気が流れていた。
「霧の森も進展がないようだけど、ギルドの担当ではなかったかな?」
教皇が口を開くと、冒険者ギルドの代表が苦笑いを浮かべる。
「猊下、うちのもんは命懸けで戦ってるんだがよぉ」
「不死の魔族に幻覚作用の霧ですか」
教皇は資料に目を通しながら、溜息をつく。
ここ十年、この場所から先に進む事が出来ていないのだ。
「その二つの問題ですが、国王陛下がゼロス同盟地帯に援軍を求めましたわ」
国王代理である王女が口を開くと、ギルド代表は口元を緩めた。
「国王様もとうとう尻に火がついて、他国に利権を配る気だな」
「貴族達からは不満の声が上がっているそうですが、それならばと国内にも増援を要請したそうですわ」
「ハッ、いざ着いたら地獄に連れてこられたと泣き喚きそうだな」
「全くですね」
教皇は苦笑すると、手元の資料を閉じる。
「ですが、ゼロス同盟地帯の都市国家は違うでしょう。三百年以上、戦い続けているそうですわ」
「そりゃ、頼もしいな」
「後方支援は正教に任せて下さい」
「頼りにしてますわ」
「…ああ、宜しく頼みますぜ」
教皇の言葉に二人は別々の表情を見せるのだった。
そして、いくつかの議題を話し合い、解散すると、教皇は窓から都市を見下ろす。
「後方支援か、はは」
乾いた笑い声をあげながら、昔を懐かしむのだ。
「剣も久しく振っていないな…」
遠い昔は、北の魔族と争っていた。
それが今や、魔道具の開発に明け暮れているのだから、不思議なものだ。
「…祈りに行こうか」
青年はそう呟くと、神殿の地下へと向かう事にしたのだった。
『汝の願いは何か?』
神殿の最深部に到着すると、いつも通りの言葉が聞こえてくる。
「寿命と力をお与え下さい」
教皇は信徒から進呈された意志の剣を床に置くと、跪くのだった。
『汝の願いは…』
暫くして、青年の身体が淡い光に包まれると、意志の剣が光の粒子となり消える。
毎週、欠かさず繰り返している祈りだ。
ステータスは人族の限界を優に超えていた。
だが、
『寿命の願いは叶えられぬ』
今回は少し違った。
「…なぜ?」
教皇は神の意図がわからず問い返す。
『汝は人族の寿命の限界値にある』
「…つまり、種族の寿命以上の願いは叶えられないと仰るのですか?」
『然り』
「……」
常識からかけ離れた長寿に、不老不死だと一方的に勘違いしていたようだ。
既に生まれてから百年の歳月が流れていた。
「…僕はあと何年生きられますか?」
『汝の命は十年も残されておらぬ』
その言葉を聞いた瞬間、青年の中で何かが吹っ切れた。
その顔に笑みが浮かぶ。
「…ふふ、ははは!…神よ!感謝する!」
青年は神に告げると、高らかに笑う。
そして、そのまま踵を返すと部屋を出ようとするのだったが、
『…贄が足りぬ』
「…神よ?」
いつもとは違う神の反応に足を止める。
『汝の種族を変えるには足らぬ』
「……」
予想外の提案に青年は思わず言葉を失うのだった。
これは本当に神なのだろうか?
彼の心に僅かな疑念が生じる。
だが、
——生まれた意味を神に問いたいのです
青年の心に残る唯一の願い。
——世界を浄化せよ
この場所では神は答えてはくれなかった。
いや、会話すらままならないのだ。
神々の境界線。
あの壁を越えれば、その姿を、その声を拝む事が出来るのだろうか?
「…神よ、どれ程の贄があれば足りるのでしょうか?」
青年は問う。
そして、神は囁いた。
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