104話 中層部へ

更に翌日


私達は、アルスに指定されたギルドに、足を運んでいた。

彼は既に着いていたようで、机に座り本を読んでいる。

その横では、ルナがリュートを奏でていた。


その音に導かれるように歩みを進めると、アルスは私達に気づいて、小さく微笑みながら本を閉じた。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「…頭いてぇなぁ」

 

シャロンはアルスの対面の椅子に腰掛けると、顔を歪めた。

 

「二日酔いかい?」

「ちょっと、飲み過ぎたみてぇだ」

「飲み過ぎてない日がないんじゃないですかね?」

「…かもな」

 

私の嫌味に、悪びれる様子もなくシャロンは答える。


「私はいつでも行けるよ」

 

そんな私達の会話に、リュートを奏でる手を止めたルナが声をかけてくる。

 

「準備は良いかい?」

「ええ」

「ああ」

「じゃあ、行こうか」

 

そう言うと、彼はゆっくりと立ち上がった。

アルスの後ろには、リュートを背負ったルナの姿。

そこに額を摩りながら歩く、二日酔いのシャロンがついていく。


ギルド内を見渡せば、朝から酒盛りを楽しんでいるやつらがいると思えば、掲示板を真剣な眼差しで見つめる者もいた。


…ああ


私は思わず、笑みが溢れる。


「アリス!置いてくぜ!?」


私を呼ぶ馬鹿の声に振り返れば、すでに出口付近で立ち止まる三人。

私は慌てて駆け出した。


…冒険者だなぁ


その光景は、遠い昔の自分が憧れた景色だった。


……

………


先日と同じ道を歩いて、夢喰いの大穴へと向かう。


腰に装飾の施された長剣を携えるアルス。

一見すると丸腰に見えるシャロン。

身体よりも巨大な鉄塊を背負う私。


そして…


「…リュートを持っていくのです?」


私は、武器に見えないそれを背負うルナに声をかけた。

彼女は少し考え込むと、


「…憧れだから」


よくわからない言葉を口にした。


「…なるほど」


エルフの感性はまったくわからないなと思いつつ、深く突っ込まないことにした。


しばらく、無言のまま、見慣れた道を歩き続けると大きな空洞の前に出た。

辺り一面に、魔素が立ち込めている。


「慎重に進みますか?」

 

私は悪戯っぽく笑って、シャロンに尋ねた。

 

「今日は、随分とおしゃべりだな」

 

私のからかいに彼女は眉間にシワを寄せた。

だが、すぐに口元に小さな笑みを浮かべる。


「中層までは、駆け足で行こうと思ってるけど…」


そんな私達にしかわからない冗談に、真面目に提案するアルス。


「私はどっちでもいいよ」


ルナは興味がなさそうに呟いた。


「いえ、駆け足で行きましょう」


私の言葉を合図に、巨大な洞窟へと飛び込む。


昼と夜の境目のように一瞬にして、景色が変わる。

そして、その先には相変わらず星空のような空間が広がっていた。


「…綺麗ですね」

「そうだね…」


アルスは、私の独り言に相槌を打つ。

私達はそのまま駆けると、すぐに第一階層の広場に着いた。


冒険者達が一匹の魔物を、多数で取り囲んでいる。


「…あれで、稼げるんですかね?」

「魔大陸までの繋ぎなら、安全で悪くないみたいだよ」


私の横を走るアルスは、魔物を見ながら答える。


「私は、広々としたとこで自由に戦うのが好きですけどね」

「…死ぬとは思わないのかい?」

「ははは、こいつはイカれてんのさ」


彼の疑問に、シャロンが馬鹿笑いで答える。


「それを言うなら、アルスもですよね?」


私達より下の階層で戦っていたのだ。


「僕は…光の勇者だからね」

「…馬鹿が二人」


彼の言葉に、ルナがメモを取るように呟いた。


「二人ってなんですか…」


明らかに、私が含まれてそうな視線を彼女は向けてきた。

そうこうしているうちに、魔物を囲む集団の横を何度も通り過ぎる。


たまに遭遇する魔物は、アルスが難なく仕留めていた。

そして私達は、あっという間に第三階層の終わりへと辿り着いた。


「さあ、ここからが中層だよ」


まるで何もなかったような爽やかな口調だ。

彼と走り抜けた道には、死体の山が連なっている。


「良い腕してんじゃねぇか」


アルスが仕留めた魔物達の死骸を眺めながら、シャロンは笑う。


「アルス、魔石拾わない?」

「中層の方が純度が良いからね、時間が惜しいよ」


ルナが惜しむように声をかけるが、あっさり断られる。


その手際の良さは、ベテラン冒険者のような頼もしさを感じるのだった。

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