101話 馬鹿な冒険者達

夢喰いの大穴 入口


魔石を入れた大袋がいっぱいになる頃、地上へ戻ってきた私達は本物の星空を見上げる。

私は大きく伸びをする。


「…随分と長く潜ってたみたいですね」

「腹減ったなぁ」

「…魔石の換金はどこでしょう?」

「あそこじゃないか?」

 

シャロンが指差す方向を見る。

解体場が示されていた。


「へぇ…じゃあ、行きますか」

 

私達は、その建物の前に行くと、中に入ることにした。

 

——ガヤガヤ…

 

店内に入ると喧騒に包まれており、テーブルでは多くの冒険者達が談笑している。

 

「いらっしゃいませ」

 

カウンターから女性が顔を出すと、声をかけてきた。

 

「…魔石はここで売れます?」

「ええ、そちらの測りに入れてください」


彼女は、笑顔を見せると手招きしてきた。

私は言われるままにカウンターに近づくと、魔石が入った大袋を計量器のような箱へ入れる。

 

「査定致しますので、お待ちください」

 

彼女はそう言うと魔道具であろう箱を操作する。

手持ち無沙汰になった私は周囲を見渡す。


汚い格好をした男達が眩しい瞳で、下品な笑い声をあげている。

 

「…楽しそうですね」

 

私の言葉を受けて、シャロンは視線を彷徨わせる。

 

「そうか?」

「…ええ」


…私にはない眩しさなのだ。


「…おまえの方が楽しそうな顔してるけどなぁ」

「…私が…楽しそう?」

「ああ、青臭いガキみたいにニヤついてるぜ」

 

そう言って彼女は、意地の悪い微笑みを浮かべる。

 

「…そうですか」


その言葉を確かめるように頬に触れてみた。


「あ、あの…」


そんな私を不思議そうに見つめる女性と目があった。

 

「はい?」

「査定が出ましたけど…」

「ああ、どうも…」

「銀貨6枚と銅貨18枚になります」


…うーん?

魔石の価値がよくわからない。

百体以上は狩った気がするから、一つ銅貨5枚前後だろうか?


やはり命を賭けるには、見合わないのではと思いつつ、シャロンを見る。


「結構重かったんだけどよ、純度の良いやつはなかったのか?」


彼女は少し落胆した声で言った。

どうやら魔石の価値は、何かの純度で決まるような言い方だ。


「…はい、残念ながら」

「…なら、しょうがねぇか」


シャロンはそう言って、今日の稼ぎを受け取る。


「飯食いに行こうぜ」

「…ええ」

 

慣れたやり取りをこなす彼女を追いかけるように、私達は建物の外へと出た。


「この稼ぎだと、豪遊とはいきませんね」

「雑魚ばっかで、期待しちゃいなかったさ」

 

ため息をつく私とは対照的に、彼女の足取りは軽い。

その背中を眺めながら、私は嫌な予感を確かめられずにはいられなかった。


「…まさかとは思いますが、豪遊するつもりです?」

「なんだよ?金はまだあるじゃねぇか」


金貨の詰まった小袋を片手で振り回しながら、当然といった顔をして見せた。

 

「…昨日みたいな使い方したら、明後日には軽くなってますよ?」


その言葉で、彼女は眉間にシワを寄せて立ち止まる。

 

「明後日なんて…いや、ここはあそことは違うか…」


シャロンは夜空を眺めながら、何かを思い出すように独り言を呟く。


「しょうがねぇなぁ、今夜は安酒にするか」

「…ええ」


そして、再び歩き始めた。


……

………

 

——カランカランッ


扉を開くと鈴が鳴った。

 

店の中は冒険者の溜まり場のようで、酔っ払いの陽気な笑い声が響く。

店員は注文を取りに来る事もなく、忙しく動き回っているようだ。

 

「…適当に座って待とうぜ」

「そうですね」

 

席に着くと、周囲の視線がこちらに向く。

それは、決して良い意味のものではないようだ。


「おい、姉ちゃん達こっちで一緒に飲もうぜ」


横のテーブルに座る髭面の男が、声をかけてきた。

 

「…あぁ?」


シャロンは鋭い視線を向けながら、威嚇するような声をあげる。


「おいおい、可愛い顔で睨みつけてもダメだぜ?いい女じゃないか、なぁ嬢ちゃん」

 

男は下卑た視線を私に向けてくる。

私はそれに答えることなく無視を決め込む。


…なぜかって?


——ズゴッ!!


シャロンが席を立ったと同時に、男の顔面に彼女の拳がめり込んだからだ。

 

その一撃は、綺麗に鼻の骨を砕き、口の端が裂けて、血が噴き出す。

彼は椅子と共に倒れると、そのまま気絶してしまった。

 

男と同席していた冒険者達は、呆然とその様子を見ている。


「やんのか?テメェら」

「…てめぇ!?」


その様子を見据える彼女に、我に返った仲間の冒険者が殴りかかった。


——ドカッ!

 

しかし、その拳が届くことはなかった。

シャロンは男の腕を掴むと、それを容易く投げ飛ばす。


「ひぃ!」

「おら、かかってこいよ!!」


——ドカァッ!!


彼女は悲鳴を上げる仲間の男を蹴り上げると、店内に絶叫が響き渡る。


私は苦笑いを浮かべながら、カウンターへ向かう。


「…注文しても良いですか?」

「…どうぞ」


場末の酒場の日常風景なのか、店員は平然としてグラスを磨いている。


私の背後では、彼女を発端とした争いが酒場内に飛び火していた。


テーブルと椅子が飛び交う。


「…弁償は誰が?」


私は振り返って乱闘を見守っていると、店員に尋ねる。

店員は慣れた仕草で、葡萄酒を差し出す。


「…敗者ですよ」

「…なるほどね」


私はグラスを片手に、シャロンが負ける事はないだろうなと、その馬鹿なお祭り騒ぎを眺める。


「さすが、冒険者ですね」

「…うん?」


店員の言葉の意味がわからず、首を傾げる。


「いえ、あなたも楽しそうだったので…」

「…楽しそう…そうですね」


私は再び、その馬鹿な光景を目に焼き付けるのだった。

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