88話 魔大陸行きギルドへ

王都アルマ 宿屋


一日の始まりを知らせる鐘の音が、王都に響き渡る。

 

「…うる…さい…」

 

窓から差し込む眩しい光に目を細めながら、私はその騒音に耐えられず、目を覚ます。

 

昨夜は、高級店に通うには残り僅かな金貨を握りしめて、シャロンと繁華街へと向かった。

 

その結果が、この強烈な鐘の音が鳴り響く安宿だ。

狭いベッドを、二人で共有して眠ったおかげで、身体が痛い。

横を見れば、目を擦るシャロンの姿があった。

 

「おはようございます」

「…ああ」

 

彼女も同じ気持ちなのか、不機嫌そうに眉間にしわを寄せている。

 

私はベッドから降りると、床に転がったままのローブを手に取った。

そして、その内ポケットに入っている小袋を確認する。

 

「…はは」

 

その軽さに思わず、乾いた笑みが溢れてしまった。

 

「…稼ぎに行くかぁ」

 

シャロンは大きく背伸びをすると、立ち上がった。

 

「今日の飯代は、残ってます?」

 

私は身支度をする彼女に尋ねる。

そんな私を呆れたように見ると、彼女は懐から1枚の金貨を取り出した。

 

「これで最後だぜ」

「…節約すれば、しばらくは安心ですね」

 

シャロンと豪遊したせいで、金銭感覚が狂いかけていたが、金貨1枚は大金なのだ。

私は、改めて確認するように頷いた。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ」

 

節約?冗談じゃないという表情で、彼女は楽しそうに笑う。

そして、身なりを整えると、私の肩に手をかけ顔を寄せた。

 

「いいか?あっちじゃ、つえぇやつが総取りだ。金も女もな」

「…へぇ」

 

その言葉に、私の目は細められる。

 

「いいねぇ、その目。やる気になってんじゃねぇか」

 

彼女は楽しげに笑うと、私の肩をポンッと叩く。

 

「賭けんのは、てめぇの命だ。…行くぜ」

 

シャロンは私の返事を待たずに歩き出す。

私も彼女の後を追いかけた。


宿屋を出た私達は、大通りを東に進む。

目的地の冒険者ギルドは、王都のすぐ近くにあると、昨日の女性は言っていた。


しばらく歩き続けると、市民街の城壁が見えてきた。

入り口には衛兵の姿があり、出入りする者達を確認しているようだった。

 

「冒険者ギルドは、この先でいいのか?」

 

シャロンは、衛兵に近づくと声をかける。

その言葉に、兵士はこちらをチラリと見た後に口を開いた。

 

「ああ、外周城壁を抜けて、しばらく歩けばな」

「ありがとよ」

 

衛兵の言葉を聞くと、私達はそのまま歩みを進めた。

 

辺りには一面畑が広がり、農作業に励む人々の姿が見える。

すれ違う人々は私達の格好を見て、怪訝な顔で見送っていた。

 

「…なんですかね?」

「そりゃ、俺達みたいのが東門に向かってりゃな」

 

そんな私の質問に、シャロンは当たり前のように答えた。

 

「どういう意味です?」

「ん?魔大陸の入り口は、東にあるじゃねぇか」


…東に魔大陸?


彼女の言葉に、私は遠い昔の記憶を辿る。


—— 一説には王国を作った冒険者達は、この魔の森を東から…


…ああ、そういう事ですか。


伝承も馬鹿にできないなと思いながら、一つの疑問が浮かぶ。


「…魔の森があるのでは?」


伝承が残りながらも、誰も確認出来なかったのは、この広大な森と凶悪な魔物の群れのせいだったと、記憶している。


「魔の森?」

 

だが、私の言葉を聞いた彼女は、首を傾げた。

そして、思い出したように指をパチンと鳴らす。

 

「あぁ、随分と古い話を知ってんだな」

 

そして、観察するように、こちらを見つめた。

 

「…なんです?」

「…いや、行きゃわかんだろ」

 

私の訝しげな表情を見ると、シャロンは笑って前を向いた。


……

………


やがて、外周城壁の城門が見えてくる。

外へ出る分には警戒が薄いようで、特になんの問題もなく通りすぎた。


その先は、まさに城壁のない世界という言葉が相応しい光景が、広がっている。

遠くには山々が見え、人の生活圏ではない事を主張していた。


「馬車が欲しいよなぁ」

「そうですね」

 

シャロンの言葉に同意する。

だが、お互いに無いものは仕方ないと言いたげに歩き出した。

 

「今更なんですけど、重大な事を忘れてました」

「…なんだよ?」

 

歩きながら私が呟くと、彼女は面倒そうに尋ねてきた。

 

「朝食を食べてないので、お腹が空きました…」

 

私はお腹をさすると、力なく笑った。

その様子を見たシャロンは、呆れた様子でため息をつく。

 

「…俺もだよ」

 

そう言って、彼女もまた弱々しく笑った。


互いの溜息が、風に乗せられ草原へと消えていくのだった。


 


 

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