68話 アランの謎

自由都市アリス 冒険者ギルド2階


朝日が部屋に差し込む。

今日の部屋の主は、それを気にする事もなく深い眠りに落ちていた。


そんな堕落した主の室内に、響き渡る怒号。


「ばっかやろぉぉぉ!!」


薄い木の床板を優に超えて、野太い男の声がこだまする。


下の階から突き抜けてくる騒音。

部屋の主を呼び起こすには、十分な不快感だったようで、


「…なん…ですか…」


身体が目覚めるのを拒否する。

その欲求に従ってまた目を閉じるのだが、その度に足元の怒鳴り声が、それを邪魔してくるのだ。


私は開く事を拒否するまぶたをこすりながら、部屋の扉を開けた。


防音の概念を持たない、薄い木の床がきしむ。

そして、明確に声の主を私に示すのだ。


階段を降りて、昨夜の宴の残骸を見渡す。

そして、ガクとナナの姿。

二人の前には、怒号の発生源が腕を組み立ち塞がっていた。


「てめぇらは、留守番もできねーのかぁ!?」

「おやじぃ、そんな事言われても困るんだぁ」


ナナが、怒りを逆撫でする。


「店番なんて、初めてなんだよなぁ」


ガクが火に油を注ぐ。


「てめぇら…」


おやじと呼ばれた男は、額に青筋を立てる。


何をやってるんだ?と疑問に思いながらも、昨夜の残骸から状況を推察する。


私が、口出す事なんでしょうかね?


そんな事を考えながら、その光景を眺めていると、後ろから階段を降りてくる気配を感じた。


その気配の元は、私の横を通り過ぎると、爽やかな顔で、3人の前に立ち、


「どうしたんだい?」


私には言い出せなかった一言を、何の事もないように放つ。


「「あにきぃ!」」


ガクとナナは、救世主が現れたとばかりに声色を変えた。


その態度に、また苛立ちを感じたのか、怒号の元凶は二人を薙ぎ払うように腕を振るのだが、


「…!?」


二人は正確に距離を測ったかのように、半歩後ろに引いて、それを避けた。


「おやじぃ、遅いよぉ?」


ナナが悪気のない一言で、煽る。

また一つ青筋が増えそうな怒号の元凶。


「まあまあ…」


だが、3人の間にアランが割って入った。


「坊っちゃん、こいつらには教育ってもんをしなきゃいけねぇんだよ」

「暴力反対!」


男の一言に、ナナがすかさず反応する。


「二人が、何かしたのかい?」


だが、アランは冷静に問いかけた。


それは、藪蛇だと思いますけどね…。


推察を終えた私は、心の中で呟く。


「こいつらはよ、客と一緒に飲み食いした挙句、金も取らずに朝までねんねしてたんだとさ。しかも、どれだけ飲み食いしたか、覚えてねーだとよ!」

「「…ははは」」


予想通りの男の言葉。

苦笑いするガクとナナ。


「ああ、その客は僕達の事だね」


あ、巻き込まれた。


素直なアランの言葉に、私の顔はひきつる。


「なんだい、一緒にいたのは坊っちゃんだったのかい」


なぜか、男の声が落ち着きを取り戻す。


「ああ、宿代もまだ払ってないから、一緒に精算しようと思ってね」

「坊っちゃん、昨日こいつらと一緒に注文した品を覚えているのかい?」


そう問題は、そこなのだ。

だから、私は藪蛇になる一言で3人の間に入らなかったのだ。


どう解決するのだろうかと、アランを見ると、こちらに振り向いた彼と目があった。


そして、何やら目で合図を送ってくる。


…はぁ


私は心の中で溜息をつき、解決にならない記憶を提供する。


「エールが16杯、葡萄酒が1杯、肉料理…と言っても雑に焼いただけのものが4品ですね」


この身体は、無駄に記憶力が良いのだ。


もっとも、この私の記憶には残念ながら証拠がない。

だから、解決にならないのだ。


…どうするんですか?


私は、アランに疑いの目を向ける。


そんな彼が口にした言葉は、


「うん、そうだね。僕の記憶と一致している」


やはり、解決にならない言葉を発したのだった。


…これは、逃亡して食い逃げ犯になる覚悟も必要ですかね。


さすがの私も、暴れるという選択肢はない。

非は、完全にこちらにあるのだ。

…いや、あの2人にあるのか?


そんな未来を予想していたのだが、


「おまえら、坊っちゃんの記憶力に感謝するんだな」

「「あにきぃ!」」


私の予想に反して、男はあっさりと納得した。


「お代はいくらだい?」


食事代は僕が払うよ、というアランの言葉も上の空。

私は宿代を払うと、颯爽と立ち去るアランに続く。


頭の中では、なぜ?という言葉が、繰り返していた。


そして、冒険者ギルドを出る私達。

逃げ出すように、ガクとナナも付いてきた。


「アランは、豪商の子息ですか?」


誰からも、坊っちゃんと呼ばれていた事を思い出し、私は答えを口にする。


余程の信用がないと、あの言葉で店主が納得するはずがないのだ。


「おまえ、兄貴を知らないのか?」


ガクが不思議な顔をして、私を見てきた。


「僕は、駆け出しの行商人さ」


だが、笑顔を浮かべるアランの言葉で、その謎は一先ず終わりを告げるのだった。

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