第二章 夢追人♂編

60話 行商人アラン

空が青く澄み渡っている。


当たり前の光景を見上げて、当たり前ではない周囲を見渡す。

城壁に遮られる事のない風が、草木の香りを運ぶ。


また一歩、大地を踏み締める。

この足跡が、どこに続くか決めるのは自分だ。


自然の匂いを楽しむように、深く深呼吸。


「…さあ、行こうか」


誰に告げるわけでもないが、思わず言葉がこぼれる。


そして、東に向かい暫く歩くのだが、


「まあ、そうだよな…」


私の目前には、街道に列を成し進む、馬車の群れ。

目的地が一緒なのだから、ある意味予想通りだ。


私は砂埃を被らないように、距離を離しながら歩く。

通り過ぎる馬車の荷台には、様々な人種が詰め込まれていた。


「ドナドナかよ」


砂埃を巻き上げる馬車に思わず、悪態を吐く。

しかし、奥の手を使ったせいで、魔力を制限されている今、歩くしかないのだ。


本当なら、行商人の馬車をヒッチハイクして、憧れの冒険譚と行きたかったのだが…。


「…うん?」


そんな私の願いが通じたのか、多くの馬車の後ろに付いていく一台の馬車が、目に止まった。


他の馬車とは、造りが違う荷台。

御者の席には、商人のような身なりの若い男だ。


最後尾に位置するその馬車に、私は手を挙げた。


「アルマ王国の方に行くなら、乗せてもらえません?」


無害ですよー

可愛い女の子ですよー

…の意を込めた笑顔を添える事も、忘れない。


「…いいよ、一人旅かい?」

「ありがとうございます!」


ヒッチハイク成功である。

男の気が変わらないうちに、御者の席に座る。


「冒険者になりたくて…ですね」

「…はは」


夢見る少女と思われたのか、赤毛の男は、端正な顔立ちで、愛想笑いを返してきた。


「僕は見ての通り、行商の帰りさ」


男は顔を荷台へと、軽く向けた。

荷台には、いくつかの箱と、芋が転がっている。


「儲かってきたのですか?」


私のような外見でなければ、少し危険な一言。


「それなりかな?当てが外れたのも、あったさ」


だが、男はただの少女の身なりに警戒する事なく答えた。


「エルムにも寄られたのです?」

「いや、あそこは移民街までしか入れないからさ。君と一緒なら、入れたりするのかな?」


それなりの身なりの私を、確認するように見た。

残念ながら、これは王女様からのプレゼントだ。


「私も、移民街の民ですよ」

「それは、商人としては少し残念だね」

「商人としては?」

「個人的には、話し相手が出来て嬉しいよ」


なにこのイケメン。

物腰柔らかな爽やか系か!


他意を感じさせない、爽やかな笑顔を向けられる。


「私も一人で飛び出てきたので、助かりました」


これは、本心だ。

自由な冒険、旅とはこういう出会いが肝心なのだ。

剣を片手に未開のジャングルを彷徨う事を、旅とは呼びたくない。


「この馬車達に付いていけば、間違いないよ」

「そうみたいですね」


移民街の荒くれどもが、それなりに乗っているのだ。

命よりも重い、夢を抱いた馬鹿達が、乗っているのだ。


「ああ、僕はアラン、駆け出しの行商人さ」

「アリスです」


自然に差し出された、アランの右手を握る。

やはり、旅は良いものだ。


「僕は21になるけど、アリスは歳下だよね?」

「…19ですよ」


私の嘘に、アランは確認するようにこちらを見た。


「失礼、可愛らしい姿から、もう少し若く見えていたようだ」

「慣れてますよ」


嫌味を感じさせない物腰に、私は笑顔を返した。


「冒険者を目指してって事は、魔大陸へ?」

「そうですよ、これでも腕に自信がありますからね」


私は、腰に下げた剣を示す。


「…そうなんだね」


アランの表情に、哀愁が漂う。


「アランさん?」

「ああ、ごめんね。夢に向かってるんだなーってね」


要点の掴めない彼の言葉に、私は首を傾げた。


「僕にも夢があるんだけどさ、なかなか大変でね」

「行商人の夢ですか?」

「うん。コツコツやらないといけないのは、わかってるんだけどね」


行商人の夢と言えば、街に自分の店を構える事だろう。


「地道に稼がないと、店は持てませんものね」

「…店?」

「自分の店を持つのが、行商人の夢では?」

「…ああ、僕の夢はもう少し大きいかもね」


アランはそう言って、微笑んだ。


「…大商人とか?」

「そうだね、地道に稼ぐ事には変わりないかな」


他人の領域に土足で踏み込むのは、碌な事がない。

はぐらかすようなアランに私は、


「夢がある事は、良い事ですよ」

「…はは、まるで年長者みたいだね」


ごく自然に、私の頭をポンポンする。

なにこのイケメン。


他意がないから、無理に振り払う気が起きない。

そして、すぐに手を手綱へと戻すから、ツッコむ隙がないのだ。


行商人として磨かれた、対人スキルだろうか?


私にはないスキルを持つアランとの会話を学ぶように、談笑は続いた。

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