61話 星空と芋料理

陽が落ち、辺りが薄暗くなる。

宿場町などない為、街道の真ん中で馬車達は止まった。


「今日は、ここで野営のようだね」


壁を作るように並ぶ冒険者達の馬車に対して、アランは少し離れた場所に止める。


「盗賊が現れる事は、ないと思うよ」


周囲を見渡す私に、アランは告げる。


「ああ、盗賊なら斬るから、問題ないですよ」


私は、ただ夜景を見ていただけなのだ。

都市では見れないその景色、そして星空を。


「…星空が、珍しいのかい?」


私と同じように、アランは見上げる。

行商人の彼には、見慣れた景色なのだろう。


「アリスって、男の子?」


そんな私を見ていた彼が、不意に発した一言。

私は思わず、顔を向ける。


あまりに間違われるから、自然と女の子のように振る舞っていたのだ。

否定するのが面倒なら、肯定すれば良いのだから。


それがたった半日で、正解を導き出された。

アランの表情に、他意は感じられない。


「そうですよ、よくわかりましたね?みんな間違えるのですよ」

「商人は、目が命だからさ」


イケメンは、爽やかに笑った。


「でも、男にアリスなんて、君の両親は女神様の熱狂的なファンなのかな?」

「…女神様?」


初めて聞く言葉に、私は眉をひそめる。


「両親から、名前の由来を聞いてないの?」


——去年死んだ…猫…


遠い昔の記憶に、私は顔をひきつらせた。


「…猫」

「…うん?」

「猫の名前を、そのままつけたみたいですよ」

「ああ、僕の勘違いだったようだ」


私の答えを聞いたアランは、同じように顔をひきつらせた。

そして、申し訳なさそうに馬車へ向かう。


枯れ木を降ろし、組み立て始めた。


「…灯火よ」


アランが囁くと、組んだ枯れ木に火が灯る。


「変な事を聞いてしまったお詫びに、夕食をご馳走させてくれないか?」

「気にしてませんが、ご飯は大好きです」


タダ飯なら特にだ。


勢いよく焚き火の前に座った私。

アランは、その姿を見て、微笑む。

若干引きつった笑顔なのは、この際気にしない。


鉄製の鍋が、火に当てられる。

魔法で鍋に水を注ぐアラン。

器用な魔法の使い方に、私は感心する。


そして、荷台に転がっていた丸い芋を手にして、ナイフで綺麗に皮を剥くと、鍋で煮込むのか放り込んでいった。


「これ売れ残りでさ」

「…芋ですね」


ゴツゴツと丸い形をした芋だ。


「僕の地方の特産品でね、荒れた山岳地帯でも育つんだよ」

「…なるほど?」

「…凄さが、伝わりにくかったかな?」


私の反応に、行商人の顔を見せるアラン。


「水も肥えた土がなくても、育つ芋だよ?」

「…私は料理人じゃないので、イマイチ凄さが」

「ああ、エルムは豊かな都市なんだね…」


確かに移民街でも、それなりにまともな料理が食べれた。


「食料事情の厳しい都市には、これが凄く売れたのさ」

「ああ、なるほど」


煮込まれて溶け出す芋に、私の食欲が刺激され、話半分に答える。


「あれ?でも、売れ残り品って」

「そうなんだよ…育てるのも簡単だから、特産品じゃなくなっちまったんだよ!」

「ああ、なるほど」


悔しそうに、芋の皮を剥くアラン。

きっと誰かにぶちまけて、気分を晴らしたかったのだろう。


ちくしょおおお!!と男は叫びながら、芋を投げ入れた。

私はそんな彼の姿に、笑顔を送る。


…人間らしいなぁ


金が欲しいなら、奪えばいい。

そんな私が忘れていた姿が、彼にはあった。


やがて、爽やかなイケメンを取り戻した彼は、鍋に米を注ぐ。


グツグツと煮込まれる鍋。

溶け出した芋が、米に絡みつく。


仕上げに干し肉が投下されると、独自ブレンドの調味料を数振り。


「…秘伝の調味料なんだ」


料理が出来るイケメン…完璧か。


「…どうぞ」


無骨な器に注がれたアランの料理。

チーズのように、米に絡みつく溶けた芋。

食欲をそそる肉の香り。


それを、木のスプーンですくい、冷ますように息をひと吹き。


そして、程よい熱気をそのままに、私はスプーンを口に運んだ。


「…どう?」

「芋の味とは思えないくらい濃厚なクリームです!」


秘伝の調味料が、塩気と共にハーブの香りで、複雑な味を醸し出している。


そんな中、全てを黙らせる肉汁と噛みごたえが、更に食欲を増させるのだ。


「エルムで、売れそうかな?」

「食べた事がない味ですね!」


商人の顔を見せる彼を気にする事なく、私は手を動かし続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る