第53話 大魔導師ルインズ

私達は騎兵達に護衛されて、都市国家の中心部に来ていた。

遠い昔にキヌスと呼ばれていたその街は、旧都を思い起こさせる街並みだ。


そんな街並みを、城の最高階の一室から見下ろした。

窓の外を眺める私の後ろには、王女殿下達とは別に一人の少女の姿だ。


おとぎ話に出てくるような、大きな魔法使いの帽子を被り、その帽子に似つかわしい古臭いローブを纏っている。


魔法使いの帽子からはみ出るエメラルドグリーンの髪と、そこから伸びる長い耳が、種族の特徴を現していた。

…エルフである。


三人は机に座り、向かい合って話していた。


「あー、そうなんですねー」


エメラルドグリーンの髪をいじりながら、王女の説明に興味なさそうに反応する。


「先生、真面目に聞いて下さい」


珍しく相手を敬う王女殿下。


「…エルフは、だいたいこんな感じ」


リリスは、いつも通りマイペースな感想を呟いている。


「そうですねー、魔法陣の原図はあります?」


エルフの言葉に、王女は使い古したノートを渡す。

それをパラパラとめくるエルフ。


「…先生」


王女は何かを目で訴える。

エルフは、二人を交互に見て、またノートの魔法陣に目を落とした。


そして、私を見る。

ゆっくりと視線が交差する。


ルインズは、静かに笑みをこぼした。


「先生?」

「いえ、部屋を用意してますから、そちらで休むと良いでしょう」

「何かわかったのです?」

「まったく、わかりませんね!」


ルインズは、自信満々に宣言した。

そして、促されるまま部屋を出される王女殿下達。


私も部屋を出ようとするのだが、


「あなたとは少し…」


ルインズの瞳が怪しく光る。

そして、私を残し、部屋の扉は閉められた。


「昔、会った事がありますよね?ね?」


先程とは打って変わり、興味深そうに近寄る。


——お願い!腕の一本!いえ、髪の毛の一本でも良いのです!


遠い昔の記憶。

カレンに連れられて、彼女は出会い頭に叫んだ。


エルフは変わり者が多い。

そして、彼女は正気のまま狂っていた。


情熱が全て、研究に偏っているのだ。

楽しそうに語るのは、おぞましい人体実験が半分を占めるのだ。


「他人の空似では?」


なので、まずは回避を試みる。


「んー?ああ、そういう事もありますか」


予想外に回避は簡単に成功したようで、彼女は一人納得した。


だが、私の前にごく自然に歩み寄ると、


「この辺りの肉片を、貰いたいのです」


まるで、握手をするように私の右手を握る。


「嫌ですよ」


彼女の手を放り払う。

正気のまま狂ってるのは、相変わらずのようだ。

悪意を、微塵も感じない自然な動作なのだ。


「痛くないですよー?一瞬で治りますからね?ね?」


白衣の天使のような言葉で、ポーションを取り出した。


「却下です」


天使のような笑顔を浮かべる悪魔に、殺気を込めて拒否する。


「あー、じゃあ、今回は諦めます」


永遠に諦めてくれと願いつつ、部屋を出た。


……

………


翌日、私達はルインズに見送られ、都市国家を出た。


彼女は意外にも、あの都市国家の領主だったようで、盛大な歓迎の宴と豪華な部屋を用意してくれたのだ。


もっとも本人にその自覚はなく、長寿が故に自然と収まった立場であり、税金を研究費に自由に当てれるから、受け入れているらしい。


…人体実験の材料にも、困らないでしょうしね。


そして、彼女が手配してくれた馬車で、エルムへの帰路についている。


のだが、


「きゃああああああ!!」


街道に響く王女殿下の悲鳴。

巻き上がる砂埃に、爆進する馬車、駆ける馬。


「殿下!魔力を止めて下さい!」


私は吹き飛びそうな勢いで揺れる荷台の中から、叫んだ。

リリスは、振り落とされないように、荷台に必死にしがみついている。


原因は、ルインズが自信作だと言った馬のせいだ。


奴隷紋のような魔法陣が刻まれた馬。

魔道具で作られた手綱に魔力を込めると、強化魔法が発動され、速度が上がるらしい。


その結果が、これだ。

さすがエルフ…イカれてる。


予定よりも随分早く見えてきた宿場町を眺めながら、二度とあの場所に行かない事を誓った。

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