第47話 始まりの街

整備された街道を、馬が真っ直ぐ駆ける。

地面は、踏み固められていた。

それだけ有事の対応が必要な道なのだろう。


傭兵の街へ近づいている事を、遠くに見え始めた大森林と共に感じていた。


辺りは、完全に明るくなっている。

一睡もせず、街道を突き抜けたのだ。


…徹夜は久しぶりね。


魔法陣の研究に夢中になり、朝日を拝むのは珍しい事ではなかった。


「…お姉ちゃん…あれ」


同じく眠らず私の前に座るリリスが、前方に注意を促す。


大森林の一部のように城壁が森から、姿を現していた。


「まるで、守護騎士物語ね」


あの物語は、ここから始まるのだ。

ハーフエルフの王女が、騎士達に追われて、あの遠くに見える城壁に駆け込むのだ。


「追手はいない…」

「当たり前よ」


その場面を思い出したのか、リリスが後ろを振り返り真面目に答える。


私に…私達に追いつくのは、運命なのよ。

…逃げれるわけないじゃない。


だけど、あそこにいるエルフに会えば、この子は助かる。


城壁が迫る。

私は物語の景色を、最後になる景色を目に焼き付けていた。


この先に守護騎士様が、


「…いるわけないわね」


物語とは違うのだと、口元が緩む。


そして、私達は随分と古く手入れのされていない城壁を抜けた。


馬を止め、街並みを見渡す。

石畳は城壁と同じく、手入れもされていない。


傭兵の街と形容されるに、相応しい殺風景さだ。

普通の街とは違うようで、人の姿も見当たらない。


「…静かすぎるわね」


馬を降りて、再度辺りの気配を探る。

人の気配がないのだ。

生活音が、建物から聞こえてこないのだ。


「お姉ちゃん…あれ」


私の服を掴み、指を差すリリス。

その先には、一つの建物と看板が掲げられていた。


看板には「食事処 酒場 はじめての方はまずうちに!」と書かれていた。


人気のない道を横切る。

店の中からは、人の気配を感じない。


それを否定するように扉を開けたのだが、


「…誰もいないの?」


中には椅子とテーブルが並べられていたが、やはり人がいない。


カウンターの上を、指でなぞる。

埃が積もっていた。


私は建物を出る。

そのまま真っ直ぐに道を進む。


「お母様から、この奥の道沿いに領主の家と傭兵ギルドがあるって…」


自分に言い聞かせるように呟いた。

リリスは、黙って私についてくる。


やがて、左手に立派な建物が見えてくる。

看板は、傭兵ギルドを示していた。


駆け足で、その入り口の前に立ったのだが、


「…なによ、いつも…こんなのばかりじゃない」


見つけたと思えば、希望は手から滑り落ちるのだ。


私に追いついたリリスが、扉の前に立つ。

そして、貼り付けられた板に目を滑らせた。


「…廃業しました」


貼られた板を、彼女は読み上げた。


徹夜の疲れが押し寄せたかのように、地面に座り込んだ。


「…お姉ちゃん」


リリスが、いつもの口調で声をかける。


「…わかってるわ」


エルフの魔力が必要だった。

魔法陣は完成しているのだ。


「…お姉ちゃん」

「なによ?」


しつこく呼びかける彼女に、イラつきの言葉を返す。


だが、彼女はこちらを見ずに、私の後ろを指差していた。


促されるように振り返る。

空間が歪んでいた。


陽炎のように景色が揺れる。


…ああ、最悪ね


やがて、古時計が姿を現す。


…まったく、最悪な展開だわ


鈍い鐘の音が、咆哮を上げる。


立ち上がると、それを睨みつけた。

リリスは、いつもと変わらず私を見ていた。


「あなた、死ぬのよ?怖くないのかしら?」

「…お姉ちゃん…信じてる」


彼女はいつもの表情で、いつもの口調で答えた。


「エルフの魔力が必要だったのよ…」


彼女は答えず、全てを受け入れている。


「…あれを壊す魔法陣は完成しているわ」


やはり、彼女は答えない。


「それでも、私を信じれるの?」

「…うん」


彼女は、一切迷う事なく即答した。


「…わかったわ」


私は古時計に向き合った。

鈍い鐘の音が、また大きく響き渡る。

針は残り僅かな時間を示していた。


魔法陣を描く為、魔力を両手に込める。


だが、次の瞬間、上空から何かが勢いよく古時計へと落ちてきた。


砂埃が舞う。

古時計が真っ二つに割られていた。


そして、そこにはよく見知った姿が…いるはずのない姿が、こちらへと振り向く。


「友人を置き去りにするなんて、どうかと思いますよ?」


黒いローブを纏った少女は、そう言っていつもの笑みを浮かべる。

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