第44話 懐かしき隊商宿

あれから、幾度かの夜を超えた。

昔よりも整備された街道は馬の脚を早め、点在する宿場町は快適な睡眠を提供する。


良好な治安を証明するかのように行商人は行き交い、裕福な身なりの旅人が景色を楽しんでいる。


そんな人々と時には同じ方角に進み、やがて都市国家の城壁が見えてきたのだった。


「久々の街ですね」


最後に街と呼べるものに入ったのは、あの観光の街なのだ。


「そうね、目的地も近いわ」


城門をくぐり、畏まる兵士を横目に王女殿下は遠くを見ていた。


「マブダチ…お腹空いた」


リリスが、私のローブを引く。

彼女と同意見だなと腹の減り具合を確認する。


そして、内周城壁の外側に、懐かしい建物を見つけたのだった。


「隊商宿で、食事にしますか?」

「「隊商宿?」」


エルムには存在しない施設に、二人は首を傾げる。


「旅人や商人の宿で、酒場があるんですよ」

「面白そう…マブダチ案内」

「汚い場所なら、帰るわよ」


真逆の反応を見せる二人。

そして、馬車を止めると使用人らしき男が、こちらへと歩いてきた。


「いらっしゃい!…三人ですか?」

「ああ」


私達の姿を確認する男。


「馬の世話は、アッシにお任せくださいな」


そう言って男は、右手を露骨に差し出してきた。


「料金は、店主に払うさ」


男の右手を無視して、歩き出す。


「いやぁ、そのですねぇ」


露骨な右手をそのままに、引き下がろうとしない。

私達の見た目からして、舐められているのだろう。


面倒だなと、伝わるように溜息をつくのだが、


「馬車は任せたわ」


私と男の間に入るように、王女は男の右手に銅貨を握らせた。


「任せてくだせぃ!」


意気揚々と顔色を変える男を背に、私達は入り口へと進む。


「中で、また料金を取られますよ」

「お母様から、端金を惜しんで、危険を招くなって教えられたわ」


旅に出る前に、色々とレクチャーされたらしい。


「羽振りが良すぎるのも、危険を招きますけどね」

「銅貨数枚よ?」


彼女は、鼻で笑った。


「マブダチ…ケチ」


昔、これで恥を晒したんですけどね…。

なるほどと思いながらも、どこか納得のいかない気持ちで、隊商宿へ入る。


中は、やはりどこか懐かしさを感じさせた。

自然と店主の座る受付の前に立つ。


「泊まりですかい?」

「いや、食事を食べたい」

「じゃあ、あちらへどうぞ」


すぐ準備しますと言う店主の言葉に促されて、併設された酒場の扉をくぐった。


……

………


「空腹は、最高のソースね」

「マブダチ…話が違う」


綺麗に皿を平らげた二人から、抗議の声が上がる。


…クリスは、喜んで食べていたんだけどなぁ


あれがおかしかっただけで、貴族の舌を持つ彼女達の反応が普通なのだろうか。


「旅の味ですよ、良い思い出になるでしょ?」


苦し紛れの言い訳をする。


「思い出…そうね」

「…旅の味」


二人とも遠くを見るように呟いた。

窓の外では、草木が風に揺れている。


「今日は、ここに泊まりますか?」


食欲が満たされて、眠気を誘うのだ。


「…まともな部屋なのかしら?」


王女は空になった皿を見て、疑問を投げかける。


「おじさん、個室は空いてる?」


カウンターに立つ店主に声をかける。


「…ああ」


店主はなぜか、私以外の二人を見た。


「良い部屋が空いてますよ」

「見てからが…良い」


リリスの呟きに、店主は奥の部屋へと消える。

しばらくして戻ってくると、部屋の鍵を渡された。


なぜか、自信に満ち溢れた笑顔の店主に見送られて、階段を登る。


そして、部屋の前に立つと、既視感を覚えた。


鍵穴を回す。

開かれる扉。

何もない、そう何も置かれていない部屋。


「…物置?」


リリスが、首を傾げた。


「あなたは、ここで寝ると良いわ」


お似合いよと、ジャブを私に放つ王女殿下。


「敷布団は、別料金で借りれるはずですよ」


ベッドを期待したのだが、隊商宿は隊商宿か。


「嫌よ、い・や」

「マブダチ…ここでお別れ」


露骨な非難の嵐だ。

気持ちは、わからないわけでもない。


私達は、階段を降る。


「宿の当てはあるのです?」

「領主の館に決まってるじゃない?」


私の素朴な疑問に、王族らしく答える。


「…なるほど」


庶民にはない発想だ。


「どうでした?」


そんな会話がされているとはつゆ知らず、店主は笑顔で問いかけてきた。


「気に入らなかったみたいです」

「おや?お客さん達、エルムから来たのですよね?」


私の言葉に、首を傾げる店主。


「そうよ」

「てっきり、観光かと思いましたよ」

「…観光?」

「ええ、あの部屋は、エルムの守護騎士が泊まったという伝承がありますのでね」


店主の言葉に、王女とリリスは反応する。

王女は怪訝な、リリスは僅かに驚いたような表情だ。


「嘘よ」


王女が即答した。


「そう思ってたんですけどねぇ…ただの伝承だって」


店主は苦笑いを浮かべ、


「何年か前にエルムの王族の方が喜んで泊まったのですよ」

「…本物?」

「そうね、本当に王族なのかしら?」


二人は、疑ったままだ。

私はと言えば、既視感の正体を思い出していた。


「外にエルムの騎士団が待機して、この街の領主様が出迎えた方が、王族でないと?」


その時の事を思い出したのか、店主は苦笑いを浮かべた。


「領主様が大変お困りでしたよ」


どうやら領主の歓迎を断って、あの部屋に泊まったらしい。


「酔狂は、エルム王家の正統な証ですか」


思わず笑みを浮かべた。

そして、王女に睨まれる。


「…お母様ね、たぶん」


王女殿下は顎に手を当て、呟く。


そして、暫く考えるように沈黙した後、


「…泊まるわ」


そう店主に告げた。

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