第37話 旅立ち

「…旅行…ですか?」

「ええ」


旅行という響きの割には、あまり楽しそうな顔ではない王女殿下。


そして、私は眠気を飛ばすように、瞼をこする。


なぜという言葉が、色々と浮かぶ私の鳥籠だ。


「…おはようございます」


リリスは部屋の隅で、そう言った。


なぜという言葉が、また一つ増えながら、部屋を追い出されるのだった。


「レンは、留守番ですか?」


公爵家に戻ったと、リリスは寂しそうに呟く。

行き先もわからないが、三人旅らしい。


どういう道順で歩いたのかも朧げだが、守護騎士の像の前に辿り着く。


王女は、像に向かい真剣に祈り出す。

私は、あくびをした。


「それで、なぜ旅行に?」

「…わからない」


リリスは、平坦な口調で答えた。

ただ、どこか楽しそうだ。


「お母様が、あなたも連れて行きなさいって言ってたわ」


明らかに不服そうな表情を隠そうともせず、こちらへ振り向いた。


「王妃様が?」


王宮の方角を見るのだが、


「いないわよ」


朝から、姿が見えないらしい。


「私も、行かないといけないのですかね?」


眠気が覚めぬ中、疑問を呈す。


「お母様から旅費は、貰っているわ」


袋から、金貨を覗かせる王女殿下。

その枚数は、数十枚以上。


「楽しい旅になりそうですね」


私の心は、瞬時に切り替わった。


「…単純」

「ええ、単純ね」


そんな会話をしていると、一台の馬車が止まる。

どうやら、最終城壁までこれで送ってくれるらしい。


王女とリリスは、馬車に乗り込む。

だが、辺りの気配に微妙な違和感と視線を感じると、


「…少し待ってて下さい」


そう言って、物陰に感じる違和感に縮地を使う。

その人物は、突然現れた私に、驚きの表情を浮かべた。


「なんだ、レンか」


そう声をかけても、まるでいないかのように気配を忍ばせている。


「あんた何者?」

「おまえこそ、まるで一流の暗殺者のようだな」


彼女は、消えた私が目の前に現れた瞬間、僅かに殺気を放ち、腰に手を当てたのだ。


そして、時折感じた違和感。

嘘くさい口調に、大袈裟な笑顔。


私は、人の笑顔を信じない。


現に目の前にいる少女が、同一人物とはまるで思えないのだ。

私の前には、気配を殺した一流がいるのだ。


「アタシは、役目を外された」

「それは守る方か?それとも…」

「守る方に決まっている」


レンは、静かに口を開く。


「公爵家も物騒なのを、飼っているんだな」


彼女の立ち振る舞いに、隙はない。

人族レベルで言えばだが。


「それで、何をしてるんだ?」

「…友達だから…ずっと一緒にいたから」


僅かに感情の揺らぎが見える。


「…心配か?」


彼女は、うなづいた。


「そうか」


縮地でレンとの距離を詰め、彼女の首筋に右手を添える。


「…動くなよ」


一瞬で距離を詰められたレンは、私の言葉に縛られた。


「私が見守ってあげますよ」


不本意とは言え、力を見せてしまったのだ。

力の差をわからせて、黙らせるしかないだろう。


「…約束…するっスか?」

「ええ、だから今のは秘密ですよ?」


そう言い残し、馬車へと向かった。


……

………


遅れて馬車に乗り込む。

ゆっくりと国民街を進むと、やがて窓の外は、市民街へと姿を変える。


「街の雰囲気が違うのね」

「そうですか?」


どこか上品な国民街との差異を、王女は感じているのだろうか。

移民街の下品な空気に触れたらと、私の口元が緩む。


「悪い事…考えている?」


リリスが、私を見る。


そして、また城壁をいくつか越えると、馬車は移民街の入り口で止まった。


馬車の扉が開く。

私達は、促されるように外に出た。


「こちらは、海側なのでは?」


城壁の位置を確認して呟く。

こちら側は、移民街に通じるわけではなく、出陣用だったはずだ。


最終城壁に挟まれる移民街には、その為の平地と直通する城門がいくつかあるのだ。


「王妃様から、こちらにお通しするようにとの事です!」


見事な敬礼をしながら、御者の兵士は答えた。


「お母様が?」


王女殿下も、聞いていなかったらしい。

巨大な城門が、ゆっくりと開く。


私達は3人。

戦場に出陣する騎士団を見送るように、開く扉にはあまりにも不釣り合いだ。


そして、完全に開いた扉の先には、予想通りの平地と予想外の兵士達の姿。


兵士達は、道を作るように左右に分かれ、規則正しく並んでいた。


エルムの紋章が縫い付けられた巨大な国旗が、アーチを作るように左右から掲げられる。


「お母様のいたずらね…」


王女は、それを見て歩き始めた。

私達も、それに続く。


兵士達が導く先には、首謀者らしき姿。

小さく見えるのは、随分遠い距離なのだろう。


「これは、外賓を見送る時の形式ね」

「へぇ」

「お母様が、訓練と称して遊んでるのよ」


ただ実際に、訓練にはなっているのだろう。

王女殿下を見送る姿は、真剣そのものだ。


「壮大な光景ですね」

「あら?国王の騎士団を戦地へ見送る時は、一番派手なのよ」


楽器隊がラッパを鳴らして、立ち並ぶ兵士達も近衛兵の姿に変わるらしい。


「まあ、形はあっても、使われた事はないわね」


形式として知ってるだけだわと、王女は言った。


そんな雑談をしながら、私達は首謀者の前に立つ。


「お母様、兵士をこんな形で扱って良いのかしら?」

「あら?良い訓練になったわよ?」


通る人がいると違うのかしら?と、王妃様はいつもの調子だ。


「行ってくるわ…」

「ええ」


王妃は、王女を抱きしめた。


「お母様…」

「私は信じてますわ」


二人の間に、短い言葉が行き交う。

そして、どこか羨ましそうなリリスと、王妃様の視線が交差する。


王妃様は、彼女も抱きしめた。


「行ってらっしゃい」

「…はい」


不思議な光景だ。

そして、私と目が合うと、


「アリスさんも?」


私は苦笑いで、顔を横に振る。

兵士達が、羨ましそうな視線を送っているのだ。

どうやら、士気と統率は高いらしい。


そして、用意された質素な馬車に乗り込むと、最終城壁の門を越えた。


御者は王女殿下だ。


「王家の嗜みよ」


彼女は、まるで戦場に向かうように、馬を走らせた。


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