第36話 王妃と王女
王宮 王妃の部屋
「お母様、私は行くわ」
王妃と机を挟んで座る王女が、口を開いた。
家族とは思えない空気が、二人っきりの部屋を重くする。
「…決めたのですね」
「ええ」
二人にしかわからない会話が続く。
王女は、17歳を過ぎていた。
もう時間が残されていないのだ。
大きくなったものだと、王妃は感慨深く娘を見つめる。
二人の脳裏に、過去の映像が浮かぶ。
……
…
王妃は、遠い昔を思い出していた。
王女がまだ幼い7歳の時、キヌスのエルフに、王妃は真実を知らされたのだ。
——エルフの秘術を、使ったのですか?
——あれは、エルフが生み出した欠陥魔法ですよ
長い寿命を持つエルフが、2つに分かれる代わりに、寿命が半減すると、キヌスのエルフは告げた。
王妃は、娘達の数字を、キヌスのエルフに伝える。
——術式に込める魔力が足りなかったのでしょう
キヌスのエルフは、そう推測した。
そして、王妃はその数字の意味を、娘達に伝えた。
…幼い娘達は諦めた。
だが、王女が9歳になった時、小さな口で決意を語られたのだ。
……
…
そんな昔を懐かしみながら、王妃は口を開く。
「ルインズ様の言葉を、覚えているかしら?」
キヌスのエルフ、大魔導師ルインズだ。
……
…
王女は、10歳の時に向かったキヌスを思い返す。
ルインズは独自に、エルフの秘術を研究してくれていたのだった。
——暇つぶしですよ
そう言って渡された魔法陣は、2つに分かれた魂を元通りにするものらしい。
その結果として、ルインズは一匹の猫を王女へと渡した。
——私の後を追っても、同じ結果にしかなりませんよ
大魔導師はそう言ったが、王女の耳には重要な事のようには聞こえなかった。
…希望の光が見えたのだ。
……
…
ある日、王女は一番古い記憶に残る妹を思い出すと、幼い疑問を王妃に投げかけた。
——妹はどこ?
王妃は、歯切れの悪い言葉しか言えなかった。
ただ幼い王女を騙すには、充分だった。
……
…
そんな日々から、数年が経った今、
「人間は無理…魔力が足りない…ね」
昔を思い返し、大魔導師の言葉の続きを、王女は呟く。
魂を2つに分けるだけでも、国中の魔導師を集めたのだ。
1つに戻すというのは、それ以上の魔力を使うと大魔導師は言った。
成長した人間は、魔力で自然に抵抗する。
猫ならギリギリ出来る、でも人間は無理と念を押された。
エルフの秘術を成功させただけでも、奇跡なのだろう。
……
…
王妃は、また昔を思い返す。
——でも、あの人なら出来るかも…
そんな大魔導師の言葉を聞き、王妃は旅立った。
幼い王女は、部屋で本を読み解き始めていた。
——ようこそ、僕の街へ
——僕はこの街の領主さ
尋ねた先は、掴みどころのないエルフだった。
事情を説明する王妃。
——嫌だね
——自分の運命は、自分で決めるものさ
エルフの男はそう告げた。
次の瞬間、横に立つ女性に勢いよく頭を叩かれる。
——真面目に答えてあげなさい
エルフの女性はそう言った。
「二人が受け入れる事が、最低条件」
王妃は、エルフの言葉を思い出して、呟く。
——魔力を帯びた人間に抵抗されたら、僕だって不可能さ
領主と名乗るエルフは、そう言って、
——だから、もしその子達が自分で決めたなら、力を貸そうじゃないか
……
…
遠い昔の領主と名乗るエルフとの記憶。
王妃は、目の前の娘を見る。
傭兵の街から戻った王妃は、幼い王女にエルフの言葉を伝えていた。
成長した彼女は、今行くと言った。
「お母様、私は偽物なの」
娘の言葉に、王妃は目を閉じる。
——1つになるという意味。
——残るのは、どちら?
そんな残酷な事はできないと、王妃は歩みを止めた。
いや、違う道を探したのだ。
「お母様、あの子はどこまで知っているの?」
「寿命の意味しか知らないわ」
「…そう。昔のままね」
あの子は全てを諦め、全てを受け入れている。
そして、この事実を知らない。
始まりは、あの子が気を失っている間に起こり、終わったのだ。
嫌がる叔父様には、悪い事をした。
だけど、二度とあの子の魔力を、暴走させてはいけないのだ。
次に吹き飛ぶのは、ここら一帯なのかもしれないのだ。
王妃は、一人の少女の姿を思い浮かべて、目を開く。
「わかったわ。ただ、行くのはあなた達二人だけよ?」
「ええ、帰りは一人になるからね」
何が起こったか、目撃者を作る事は出来ないのだ。
王女が、消えるのだから…。
「…そうね」
娘の決意を確認した王妃は、条件を付け加える。
娘になぜと問われても、それだけは決して答える事はなかった。
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