第18話 久しぶりの登城

王宮の一室


「あなた、誰かしら?」


机に座る王女殿下から、冷たい微笑と共に容赦ない一言が飛ぶ。


それもそのはず、数日ぶりに2回目の出勤をしているのだ。


財布が軽くなったここ数日間の生活を、思い返してみる。


獣人の酒場では翌日まで、飲んでいた。

なぜなら、タダだったからだ。


——名無しさんが来るなら、飢え死にしそうでお金なんて持っていないのです


悪いな、ルル。

俺の財布には、金貨が入っているのさ。


意外だったのは、あのバーテンダーが店主だった事だろうか。

ずっと昔からの決まりで、店主はあそこで仕事をしているらしい。


そして、次の日は高級娼館に行ったのだ。


私みたいな特殊な外見でも、丁寧なオモテナシをしてくれる昔からの変わらぬ店です。


昼間に行く方が、少し安くなる事を付け加えておこう。


——そなた、何か隠し事をしているであろう?


勘のいい陛下には何度か疑われたのも、今では良い思い出の。


——名無しさんは、個室が好きらしいですからね


…おまえは野生の勘が良すぎなんだよ…


食べては寝て、遊んでの数日間。

金貨が1枚になった所で、我に帰っての登城。


そして、この扱いである。


…申し開きが、出来ない気がしてきた。


「王女殿下、親友の顔を忘れたわけではないでしょうに」


平身低頭、煙が上がるのではないかという程、ゴマをする。


なにせ、財布が軽いのだ。

国民街とは、恐ろしい場所なのだ。


「…気持ち悪いわね」


そして、また浴びせられる罵声。

いや、本音だろうか。


「まあ、週に何回かという話だし、許してあげるわ」


あれ?もしかして、寂しかったのか?


だが、その疑問は口には出さない。

フル回転する思考が、即座にストップをかけた。


「ただ…」


そう王女殿下が言いかけた時、廊下から音を立ててこちらに近づいてくる者がいた。


「…お母様は別みたいね」


その言葉通り、勢いよく扉が開かれる。

普通なら、打首ものの無礼だろう。


王妃様でなければの話だが…。


「お母様に、お説教を食らえば良いんだわ」


王女が、私にしか聞こえないように囁く。


だが、


「良かったわ!来て頂けたのですね!」

「…おかあさま?」


机に肘をかけて、ニヤニヤとこちらを眺めていた王女殿下が、手に乗せた顎を滑り落としそうになる。


私は私で、勢いよく抱きついてきた王妃様に状況が理解できず、硬直していた。

  

「期間を空けての登城、申し訳ないです」

「いえ、良いのですよ、アリス様に来ていた…」


…アリス様?


聞き間違いではないかと思った所で、王妃様の言葉が止まった。


どうやら唖然とする娘と、視線が交差したらしい。


「ああ、アリスちゃんに来て貰って嬉しいですわ」


ほほほほほと、笑い出しそうな不思議なテンションで、抱きしめる私を、王妃は解放した。


「それでは、また」


そして、嵐が過ぎ去るように部屋から出て行く。


私も王女も、ただ唖然としてそれを見送っていた。


「なぁ、王妃様ってあんな感じなのか?」

「ええ、お母様は変わり者で有名だけど、珍しい姿だわ」

「なるほど」

「あなた、それが素の口調なの?男みたいな言葉遣いね」


思わず溢してしまった呟きに、ツッコミが入る。


「…移民街生まれですから、育ちがよくないのですよ」


いつもの口調に戻して、頭を下げる。


「気をつけなさい。女性としての品性を疑われるわ」


この子に品性を言われたくないなと心にしまい、私はまた頭を下げる。

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