第13話 魔法陣 前編

王女殿下の部屋


乱雑に積み上げられた本を読み漁っては、何かを書いている王女。


私は、彼女の友人であるオッドアイの猫と戯れ中だ。


「ミーちゃんは、意外と浮気者なのね」

「人懐っこいって褒めてあげた方が良いのでは?」


私の言葉を鼻で笑うと、彼女はまた本を読み出した。


「私も本を読んでも?」

「好きにすると良いわ」


彼女は、こちらに顔を向ける事もなく答える。


「ああ、王女殿下のお名前を伺っても?」

「リリィよ」


そして、帰ってきたのはまた素っ気ない一言。


「名前で呼ぶ事は許可しないわ。仕事上の友人であって、友人ではないもの」

「もちろんですよ、王女殿下」


明確に引かれた境界線。

お互いにそれを再確認する。


そして、私は部屋の片隅に置かれた本棚へと向かった。


さすが、王女殿下のというべきだろうか。

本棚には、一冊銀貨何枚かと思われるような本が並べられている。


魔法関係の本が大部分を占めているようだが、その中に風変わりな一冊を見つけ、


「…守護騎士物語」


それを手に取って開いた。


舞台は、クリスティーナ王女が、ラクバールの騎士に追われている場面から始まる。


そして、傭兵の街の城門で追いつかれ、騎士と斬り合う王女。

だが、多勢に無勢。

王女の剣が弾かれ…というシーンで傭兵の街から黒騎士が現れるのだ。


「…新装版ですね。これは」


何度も読み返した物語を閉じると、それを本棚へと返す。


そして、次に手に取ったのは、魔法陣初級という簡潔なタイトルだった。


初めて読むそれをペラペラと流し見でめくっていく。


試験に出てきた魔法陣とは、これの事ですか。


円形と図形の中に書き込まれたエルフ文字。

奴隷紋に似ているが、書き込まれている文字の意味が違う。


「巡る…炎…巡る…放つ…固定…」


遠い昔に王宮の図書室で学んだエルフ文字を思い出しながら、読む。

こういう記憶力だけは、無駄に高い知力に感謝しよう。


「…あなた、読めるの?」


本に集中していた私の横に、いつの間にか王女殿下が並んで立っている。


それも、少し驚いた顔でだ。


「ええ、珍しいですか?」

「いえ、魔法が使えるのなら…でも、無詠唱魔法の使い手で…」


何やら独り言の激しい王女殿下。


「師匠に教わったのですよ。師匠の教えは、一流には言葉も動作も必要ない…でしたけどね」


嘘と真実を織り交ぜる。


「あなたの師匠は、サンドノース出身かしら?」

「サンドノース?」


聞き慣れない単語に、首を傾げた。


「ここから、東の砂漠にある侯爵家よ」

「ああ、砂漠の国ですか」

「あそこの魔導師は、今でも無詠唱魔法を絶対信仰しているって聞いてるわ」


ナンセンスと言うように、彼女は呟いた。


「今は、詠唱魔法が主流なのですね?」

「そうよ…知りたいのなら、学院にでも通うのね」


教える気はないという意思表示を示される。


「それより、読めるのよね?」

「初級なら、読めるようですね?」


私の言葉を聞き、彼女は強引に手を引く。

そして、王女殿下の机の前に連れて行かれると、


「これは読める?」


彼女が読んでいたであろう開かれた分厚い本。

その下には、紙に書き込まれた魔法陣。


その書き込まれた魔法陣を昔の記憶で辿る。

先程の初級とは比べ物にならない文字列なのだ。


「我呼び覚ますは契約の一節?フォルトナの鍵を持って代価を捧げん。約定に従いし事をここに宣言す…なんですか、これは?」


円形に沿って、まるで儀式の呪文のようなエルフ文字が書き込まれているのだ。


「本当に読めるのね…これは?」


だが、私の言葉は遮られ、彼女の指は開かれた本の魔法陣を差す。


「…ええと、祖は魂の器を現さん。祖は見えざるもの也。祖は核として浮かび上がる…これ間違ってません?」

「…間違い?」


王女殿下は眉をひそめる。


「祖ではなく、其れではないかと?」


そう言って、私はエルフ文字で書く。


「…試してみるわ。それより、あなたどこでエルフ文字を学んだの?」

「…辞書ですが?」

「…嘘よ、大部分が失伝してるのよ」


…ああ、図書室を整理している間に、破棄の棚に入ってしまったのだろうか。


確かに、覚えてもなんの意味もないわりに、無駄に分厚い辞書だった。

意訳も多く、正しく覚えるにはパズルのように解かないといけない箇所もあった。


無駄に高い知力に感謝しよう。


もっともエルフ文字なんて、奴隷紋にしか使われておらず、奴隷紋に刻む文字もパターン化していたのだ。


「ああ、エルフに聞くか、雇えば良いじゃないですか?」


魔法陣が、いつからの技術かは知らない。

おそらく、ここ200年の間の技術なのだろう。

私は奴隷紋しか見た事がないのだから。


だが、エルフ文字はその名の通り、エルフが発祥のはずなのだ。


「若いエルフは知らなかったのよ。エルフの国に使者も送ったわ」

「その言い方だと、あまりよくない返答のようですね?」

「ええ、紙に残す文化がないから、わかる者は土の中か、暇に耐えかねて旅人になっているってね」

「…エルフらしいですね」


どうやら遠い昔、図書室に埋もれていた辞書は、今や貴重品のようだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る