第1話 歳月は流れ
新ゼロス歴357年
王都エルム
旧ゼロス同盟の東の端、大昔に砂漠の国と呼ばれた大地に面したその国は、ひきこもりエルフの都市国家として大陸全土に知れ渡っていた。
その異名は、西の覇権国家キヌス、南東のアルマ王国と同盟関係にある為、国家間では調停都市とも呼ばれている。
そんな七重の城壁に囲まれた都市国家の外周部。
人々からは移民街と呼ばれている街の酒場に、黒いローブを深く被った小柄な人物が、カウンターの奥で、真っ昼間から独り晩酌を楽しんでいた。
「おばちゃん、何かつまむものでもないかな?」
少女のような声色で、葡萄酒を片手に肉を注文する。
おばちゃんと呼ばれた酒場の店主は、溜息をつきながら、
「あんたねぇ…注文するのはいいけどさ、金はあるのかい?」
どうやら常連客のようで、店主はツケはもう利かないよと呆れたように睨みつけた。
その言葉に黒いローブの口元はわずかに歪み、腰に下げた袋をカウンターへとズシリと置く。
「金ならありますよ、ツケの分までね」
「…あるなら文句は言わないけど、随分稼いできたんだね」
そう言いながら、店主は銀貨や銅貨を数えだす。
「あんた、まさかヤバい仕事でもしてきたんじゃないよね?」
「ヤバい仕事って?」
「…自警団に入ったとかさ」
第七城壁の内側、この移民街は治安が悪い場所が生まれていた。
自警団とは、その治安の悪い場所を良く言えば守る集団であり、悪く言えば…。
「そんな事はしてませんよ、運が良かっただけです」
どこか冷めた口調で、黒いローブは答えた。
「なら、いいさ。あんなロクでもない連中…って、言った側から来ちまったよ」
店先に不穏な空気を感じた店主は、また深くなった溜息をつきながら、乱暴に開かれた扉の方を見る。
「よぉ、見廻り料を受け取りに来たぜ」
肩で風を切らせて先頭を歩く、チンピラのような風貌の男。
それに続く、似たような風貌の男達。
一人の客しかいなかった店内は、瞬く間に大盛況となっていた。
もっとも、客ではないのだが。
カウンターに置かれた袋を、目にも留まらぬ速さでしまった店主は、招かれざる男達へと視線を移す。
「あんたら、いい加減にしてくれないと、店が潰れちまうよ」
「そうかい?それじゃあ、明日には潰れちまってるかもしれねぇなぁ」
そう言って、感情の薄れた目で眺めるチンピラ。
「…いくらだい?」
「銀貨5枚、それで商売繁盛するなら安いもんだろ?」
店主はその言葉と男達を見渡して、諦めたように銀貨を差し出した。
「ほらよ、お守りだ」
銀貨を受け取った男はそう言うと、後ろの男が小さな看板を、机へと置く。
そして、自警団 赤組と書かれた看板を残し、男達は去って行った。
「嫌な時に来ちまったね」
「ええ、酒がマズくなりました」
黒いローブは、不快感を隠す事なく答えた。
「この辺りは、黄組と赤組が睨み合ってたんだけどね、少し前に黄組が壊滅したらしいのさ」
空白地帯だった場所が一方の勢力の壊滅により、残った勢力の勝ちを決定づけたと語る店主。
「…そうですか」
興味がなさそうに黒いローブは答えると、店主から返してもらった袋の中の硬貨を眺め、席を立つ。
「もう帰るのかい?」
「…用事を思い出したので」
先程までの少女のような声色は息を潜め、感情のこもらない言葉が店主へと返ってきた。
そして、客のいなくなった店内に静寂が訪れる。
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