173-1話 フィーナの秘密

王女殿下の一室


「お兄ちゃん、紅茶淹れるね」

「ああ、すまないね」


ソファーで寝そべり、本を読み耽る私にかけられた天使の声。

私とは違う可愛らしいメイド服で、紅茶を注ぐ美少女。


そんな至福のひとときであったが、


「あっ」


フィーナのあげた声に反応して、本から視線を移すと、彼女の手が止まっていた。


「どうしたのですか?」

「…こぼしちゃったの」

「…ああ、そんな事ですか」


魔力で操るように、指し示された机の上の液体をティーカップへと戻す。


「フィーナの淹れてくれる紅茶は、とても美味しいですよ」

「…フィーナ…ダメな子なのかな…」


あまりに悲しそうに呟く彼女に、


「…そんな事ありませんよ」

「でも…仕事ぜんぜん覚えられないの…」

「そこが、魅力的という評価もあるんですよ」


上手い言葉が見つからず、苦し紛れの回答を述べる。


「…お兄ちゃんは、フィーナが好き?」

「ええ、もちろんですよ」


まるで子供をあやしてるような光景だが、彼女は嬉しそうに納得すると席を離れた。


良心の呵責からか、胸がチクリと痛む。


フィーナは、私と年齢がそう違わないはずだった。

良く言えば純真…悪く言えば、子供なままの彼女の姿を思い出す。


気づけば元の世界の知識が、あらゆる可能性を模索していた。


……

………


旧貴族街 自室


真夜中、ベッドに横になろうとした時であった。

4階建の窓から、不意に気配を感じ、振り返る。


そこには、いるはずのないフィーナの姿。

だが、その瞳はいてもおかしくはない六芒星が灯っていた。


「…ノックくらいして欲しいんですけどね」

「この距離を飛ぶのは、さすがに魔力がキツいの」


私の非難を無視するように、クロードは呟く。

転移魔法を使ったのだろう。


「何かあったのですか?」

「フィーナは、眠っておる」


強調するかのように、眠っていると告げるクロード。

その意味を考えていたのだが、


「勘の良いお主が、フィーナに何かする前に忠告に来たのじゃ」

「…と、言われましても?」

「この話は、フィーナに絶対に聞かせるでないぞ」


いつにも増して真剣な眼差しに、私はうなづいた。


「フィーナの要領が悪いのは、儂のせいなのじゃ」


予想外の言葉に、私は首を傾げた。


「儂と儂の知識が、フィーナの中に入っているせいで、成長の余地がないのじゃよ…」

「…なるほど」


今までの光景が、疑問が、パズルのピースを合わせるように当てはまっていく。


「私が余計な事をして、フィーナが気付く前にあなたが来たという事ですか」

「…そうじゃ」


クロードは、窓辺から覗く赤き月を見上げて呟いた。


「わかりましたよ、余計な事はしませんから」


私ができる事など、ありそうもないのだ。


「随分と物分かりが良いのじゃな」

「私だって、彼女の悲しむ顔は見たくありませんからね」


その言葉にクロードは答えず、ただ茫然と赤き月を見上げていた。

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