174話 戦争の足音

旧貴族街 宿舎4階


その日、私はいつもの鐘が鳴るまで、いつものようにベッドでゴロゴロしていた。


ただ、いつもと違うのは、廊下からかけ足でこちらの部屋に向かってくる足音が、響いている点だ。


コンコン


足音の主が、手荒く私の部屋の扉を叩く。

アイリスかな?と思い、私が扉を開けると、そこには珍しい姿が、肩で息をするように立っていた。


「おはようございます?」


4階建ての階段を、駆け上がって来たであろう王女殿下に、声をかける。


「…ああ、急用だ。ついて来るがよい」


温度差のある私の言葉に一瞬キョトンとしながらも、思い出したように表情を変え、珍しく私の手を引く。


身支度の終わっていた私は、訳もわからずその手に引かれるのであった。


階段を駆け下りるクリス。

それに続く私。


王宮へと続く道に、2つの影が足早に進む。


「…何かあったのです?」

「…戦争だ」


私の方を振り返らず、クリスは端的に告げる。


それがなぜ、私の今の状況と関係するのだろうと考えていると、


「そなたは、星落としの日に、そこにいたのであろう?」

「なんでしょうか?星落としの日とは?」


クリスは私の魔法…メテオを、星落としと呼んでいた事を思い出す。


「…3年前、南東の砂漠で星が落ちた。そこには、瓦礫の山と、サンドワームの死骸が残っていたのだ」

「…ああ」


クリスの言葉で、遠い昔を思い出す。


私の反応にクリスは足を止め、こちらへと振り返った。


「あれは、そなただろう?」


クリスは、答え合わせが終わったように告げる。

私はそんな事もあったなと思い出し、


「そうですね」


と、答えた。


クリスは、私の言葉を噛み締めるように一呼吸置くと、


「そなたは、ガレオン子爵の軍にいたのだな?」


クリスの真剣な眼差しが、私に答えを告げていた。


「戦争相手というのは…」

「…ガレオン子爵だ」


ガレオン子爵…マリオン…

遠い昔の懐かしい記憶が蘇る。


アイリスが、この国に辿り着いた事から、可能性がない訳ではないと思っていた。


ただ、個人と国は違うのだ。

砂漠の国を挟んでいるから、可能性は低いと考えていた。


もっとも軍略家でもなければ、国家の情報が入る立場でもない為、深く考える事もなかったのだ。


様々な感情が行き交う私を、クリスは見つめていた。


「そなたは、私の何であるか?」


王女殿下が、その風格を纏わせ、問いかける。


クリスは戦争だと言った。

ならば、私は…


「…殿下の騎士でございます」


自分の心中とは反するように、明確に答える。


そんな私の内心を見透かしたのか、クリスは眉を僅かに歪めると、


「…ついて来るがよい」


王宮の城門へと進んだ。

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