第44-2話 鉱山都市 後編

鉱山都市


そう名付けられただけの内周城壁を抜ける。


見学しやすいように馬車は使わず、徒歩でだ。

そして、マリオンの騎士達が臨戦態勢で、俺達を囲うように護衛していた。


余程危険な場所なのか、その前後には数十人の鉱山都市の兵士がついている。


まさか、いきなり魔物に襲われるのか?


庭先を散歩するようにご機嫌なマリオンを他所に、俺は緊張を高める。

そして、次第に肩の力が抜けていった。


内周城壁の先は、汚い小屋は広がっているものの運搬用のレールが引かれた、ただの坑道の入口と、切り取られた山が、間近に迫っていただけなのだ。


「…特に何も変わったものはないじゃないですか?」

「これだけ兵士がいれば、彼らだって顔を出さないのでしょうね」

「…彼ら?」


マリオンの言葉に、首を傾けた。


「やっぱり、アリスちゃん知らないのね」


そう言うと、騎士に目線で指示を出す。


「ここで働く人がどういう人か、見せてあげなさい」

「はい。休憩中の小屋はどれだ?」


指示を受けた騎士が、兵士にまた指示を出すと、清潔とは対極の小屋の扉が、まるで検問のように乱暴に開けられる。


そして、小屋の中には…正気を失いかけている人々が、狭いスペースに乱雑に横になっていた。


その全てに、奴隷の証が刻まれている。


まるで、一つの可能性の未来を見ているようだった。


「…勉強になったかしら?」

「…ええ。非常に悪趣味な気がしますがね」


少し怒気をはらんだ言葉にマリオンは、


「怒ったアリスちゃんも可愛いわ」


意に介さないように楽しんでいる。


そんな彼女を相手にしないように、心を冷めさせると、


「内周城壁の意味は、労働力を逃がさない為ですか」

「…正解よ」


よく出来ましたと、頭を撫でてくるのであった。


いつも以上に冷めた俺は、立ち去ろうと小屋に背を向けるのだが、


「おい!クロ!?クロじゃないのか!?」


急な男の呼び声に、足を止められる。


振り返ると、小屋から叫びながら、金髪の少年がこちらへと近づこうとしていた。


そして、小屋から飛び出た所で、兵士達に押さえつけられる。

他の兵士は小屋の中へと、武器を構えて威圧した。


「クロだろ!?助けてくれよ!」


金髪の少年と瞳が交差する。


「アリスちゃんのお友達かしら?」


マリオンは汚いモノを見るかのように、不機嫌な声色で問いかけてきた。


友達と言われたら、違うと答える程の仲でしかない。

ただ利己的な自分が、利用しただけの間柄なのだ。


ここで吊るされた糸を、違うと答えれば、彼は真っ逆さまに、ただ堕ちて行くだろう。


合理的で利己的な自分なら、この糸を迷う事なく断ち切っただろう。


…だけど…


ここは、あったかもしれない一つの未来なのだ。

これから、あるかもしれない一つの未来なのだ。


…だから…


「…奴隷商人の屋敷で、一緒に過ごした仲間です」

「…へぇ」


マリオンは、悪趣味な笑みを隠す事なく浮かべた。


「どうしようかしら?」


俺の言葉を待つように彼女は告げる。


俺は、


「…お願いします」


マリオンに頭を下げた。

拳に力がこもるのを感じる。


なぜ、頭を下げる?


利己的な俺が、問いかける。


それは、情けは人の為ならずと言うではないですか。


合理的な私が、それに答える。


不確定な未来の可能性は、潰すべきでは?


論理的な私が、また疑問を呈する。


色々な思いが頭を巡る中、


「アリスちゃんのお願いなら、仕方ないわ」


マリオンはあっさりと承諾した。


だが、


「だけど、ここはお父様の領地だから、待遇をよくするくらいしか出来ないの」


顔をあげた俺の目には、やりすぎたと明らかにバツの悪そうな表情を浮かべるマリオン。


「…そうですか」


俺は興味がなさそうに答えた。


ただ疲れたなとだけ思い、その後の事はよく覚えていない。


やはり、人の為に何かをするというのは、向かないようだ。

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